宿に荷物を置き、通りへ出ると、建物の向こうに寺院の屋根が見えた。
軒先を目で追いながら歩く。木の家、道に面した店、その間からのぞく金の装飾。ひとつ角を曲がるたびに、もう少し先まで行きたくなる。
古い街並みの中を、バイクが通り過ぎていった。そのあとを歩きながら、また屋根を見上げた。
2026年、1月も終わりに近づいた頃。初めてのラオスで、僕はルアンパバーンに二泊することにしていた。
泊まるのは、Luang Prabang Residence – The Boutique Villa。宿を出てまだそれほど歩いていないのに、何度も足が止まる。街に着いたばかりの落ち着かなさに、目の前のものを見逃したくない気持ちが混じっていた。
明るいうちに、川まで行ってみよう。
寺院の前を通り、メコン川のほうへ歩いた。

メコンの向こうに、日が沈む
川辺に出ると、向こう岸の山まで視界が開けた。
細長い船が岸に沿って並び、その先で水面が夕日を受けて光っている。建物の間から見ていた空が、ここではずいぶん広かった。
しばらく川を眺めていると、隣にいた旅行者が声をかけてきた。
「今日、着いたの?」
「さっきです」
「じゃあ、間に合ったね」
彼の視線の先に、夕日があった。
僕もそちらへ顔を戻した。船の形が次第に黒くなり、向こう岸の山と空との境目が、さっきよりはっきりしてきた。

携帯で何枚か撮る。そのあとも、同じ場所に立っていた。
まだ、この街で何もしていない。宿に荷物を置き、ここまで歩いてきただけだ。それなのに、到着してすぐに次の場所へ向かう気にはならなかった。
川を離れる頃には、通りにも夕方の色が残っていた。
ワット・セーンの境内では、金色の装飾の向こうに、堂内で座る人たちの姿が見えた。外から眺めていた寺院に、今も人が集まり、祈る時間がある。
入口のあたりで足を止めた。
昼間なら細工を見ようと近づいたかもしれない。このときは、そのまま少し眺めてから通りへ戻った。

知らない料理と、暮れていく通り
LITTLE LAOの席につき、Beer Laoを注文した。
メニューを開く。知らない料理の名前が続いていた。
葉に包んで蒸す料理、ハーブを使う料理、肉の和え物。説明を読んでは次のページへ進み、気になった名前をもう一度探す。携帯でも調べながら、少しずつ注文を決めた。

やがて、葉に包まれた料理と、切り分けられたソーセージ、ご飯がテーブルに並んだ。
さっきまで文字でしか分からなかった料理を、ひと口食べる。
おいしい。
もうひと口食べてから、ビールを飲んだ。
初めて食べるラオスのご飯に、こんなに感動するとは思っていなかった。メニューを選ぶときの迷いは、食べているうちになくなっていた。ほかにも食べてみたいものがある。さっき読み飛ばした料理の名前が、急に気になった。


通りに面した席から、外を見る。
店へ入ったときには残っていた明るさが消え、向かいの灯りが目立つようになっていた。皿の上のものを少しずつ食べながら、行き交う人を眺めた。
食後はナイトマーケットを歩き、夜のワット・マイの前でも立ち止まった。
灯りに照らされた柱と壁には、細かな金の装飾が続いていた。暗いところは奥へ沈み、明るいところだけが浮き上がって見える。夕方に見た寺院とは、また違う表情だった。

その夜はLost in Baanでもう一杯飲んだ。
川辺から寺院へ、食事をして夜の通りへ。地図では近い場所ばかりなのに、歩くうちに街の色が変わっていった。
夜明けの道で、鉢が差し出される
翌朝は、まだ暗いうちに宿を出た。
道の脇には、托鉢を待つ人たちが座っていた。やがて僧侶の列が近づいてくる。橙色の衣が、街灯の下を一人、また一人と通っていった。
差し出された鉢に、食べ物が納められる。受け取った僧侶が進み、次の僧侶がその前へ来る。
僕は、その繰り返しを見ていた。

托鉢は、出家者が在家の人々から食べ物の布施を受ける、仏教の古くからの営みだ。食を差し出すことは、信者にとって功徳を積む行いでもある。
ルアンパバーンは、14世紀から16世紀にかけてラーンサーン王国の都として栄え、仏教の中心地でもあった。前日に見た寺院の多さには、その長い背景がある。
けれど、目の前で行われているのは、王国の歴史を語る大きな儀式ではない。鉢を持って歩く人と、食べ物を用意して待つ人がいる。朝の道で、両者が顔を合わせる。
昨日は、寺院の屋根や壁に目が向いていた。今朝は、その寺院と街の人たちの間を行き来するものを見ている気がした。
大きな通りから裏の路地へ回ると、地元の人の姿もちらほらあった。
そちらでも僧侶の列は続いていた。僕は路地の端に立ち、通り過ぎるのを見送った。

古い都の歴史が、少し身近になった朝だった。
重なる屋根を見上げて、ワット・シェントーンへ
朝の街を歩き、ワット・シェントーンへ向かった。
境内に入ると、まず屋根に目がいった。
何層にも重なり、低く下りてくる。その曲線を眺めながら近づくと、今度は柱や壁に施された金の文様が見えてきた。
少し離れて屋根全体を見る。近づいて細工を見る。また数歩下がる。
同じ建物の前で、何度も立つ場所を変えた。

ワット・シェントーンは、16世紀にさかのぼる寺院だ。ルアンパバーンが王都だった時代とつながる建物を、こうして歩いて訪ねられる。
堂のそばには、暗い地に金の模様が細かく重なっていた。遠目には一面の装飾に見えていたものが、近づくとそれぞれ違う形をしている。視線を少し動かすだけで、まだ見ていなかった部分が現れた。

境内にはほかにも建物があり、ひとつ見終えるたびに、次の屋根のほうへ歩いた。
昨夜のワット・マイでは、灯りに浮かぶ装飾が印象に残った。ここでは朝の明るさの中で、屋根の重なりや、建物どうしの間隔まで見渡せる。
ルアンパバーンに着いたとき、歴史のある街並みに惹かれた。その中を歩いてみると、寺院ごとに足を止める理由が違っていた。
屋根を見上げたくなる場所もあれば、壁のすぐそばまで寄ってみたくなる場所もある。祈る人の姿を見て、少し離れたところに立っていたくなることもある。
朝の散歩は、思っていたより長くなった。
プーシーの上で、夕日を待つ
夕方、プーシーの丘へ登った。
階段を上がった先からは、街の屋根が連なって見えた。その向こうに川があり、さらに山が続いている。
朝、下から見上げていた街を、今度は上から眺めていた。
夕日を待つ人たちの間に立つ。隣では、一人の旅行者がカメラを構えては下ろしていた。
「もう撮れた?」
そう聞くと、彼は画面を見せかけて、また引っ込めた。
「さっきより、今のほうがいい気がして」
僕も携帯を取り出した。
何枚か撮ってから、手を下ろす。
全てがスローモーションに感じられた。

見ていたのは、夕日だった。太陽が低くなり、街の明るさが少しずつ変わっていく。写真を撮り終えても、そこを離れるきっかけがなかった。
昨日は川岸から眺めていた。今日は、その川を見下ろしている。
同じ街の二度目の夕暮れを、こうして待っているのが嬉しかった。
丘を下りる途中、ナイトマーケットの灯りが見えた。昨夜は人の間を縫うように歩いた場所が、上からは細長く連なっている。

階段を下りながら、夕食のことを考えた。
もう一度、あの店へ行こう。
昨夜の味を、もう一度
二晩目も、LITTLE LAOに入った。
ほかの店を探すより、昨日食べたラオスご飯を、もう一度味わいたかった。
この夜はMok Pa、Saa Moo/Lab Moo、紫もち米を注文した。ビールはBeer Lao。
前の晩は、知らない料理の名前を調べるところから始まった。今日は、一度この店で食べた記憶がある。メニューを開くときから、楽しみだった。
皿が運ばれてきて、テーブルが埋まる。
丘の上で夕日を待っていた時間のあとに、ご飯を食べる時間が来た。街を歩いて、寺院を見て、腹が減ったら気に入った店へ戻る。
二泊の旅で、同じ店に二度入った。
それでよかったと思った。
朝の川へ、もう一度
出発する日の朝は、LE BANNETONへ行った。
席につき、クロワッサンを食べる。食べ終えたあと、またメコン川のほうへ歩いた。

最初の夕方には、向こう岸に沈む太陽を見ていた。今朝は道を歩く人や、籠を運ぶ人の姿が目に入った。

川辺を離れ、宿へ戻る。
路地には犬がいた。足を止めて、携帯を取り出す。
画面の中に、犬と、その後ろへ続く道が収まった。
一枚撮って、また歩き始めた。

この旅の宿と食事
2026年1月の旅行時の金額です。日本円は2026年1月27日を基準に、1 LAK=0.00708776円、1 USD=152.58917円で換算した目安。実際の両替・カード請求額とは異なります。
飲食
| 店名 | 特徴 | お会計 |
|---|---|---|
| LITTLE LAO | 魚の葉包み蒸しや肉のハーブ和えなど、ラオス料理の香草使いや調理法の違いを楽しめる。もち米と合わせて、いくつも試したくなる店。 | 484,000 LAK(約3,430円)/496,100 LAK(約3,516円) |
| Lost in Baan | Icarus IPAなど、Beer Lao以外のクラフトビールも選べるバー。食後の一杯に、いつもと違う銘柄を楽しめる。 | 146,000 LAK(約1,035円) |
| LE BANNETON | バターの風味と、薄い層がほどけるクロワッサンが魅力のフレンチベーカリー。バゲットや焼き菓子も揃う。 | 121,000 LAK(約858円) |
宿
| 宿名 | 泊数 | 総額 |
|---|---|---|
| Luang Prabang Residence – The Boutique Villa | 2泊 | 予約時総額 USD 140.68 (約3,028,636 LAK相当・約21,466円) |
キープと円は換算値です。
同じ東南アジアの旅で訪れたタイの古都は、アユタヤの旅行記に綴っています。


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