道が、空の下をまっすぐ伸びている。緩い起伏の向こうまで続いて、その先が見えない。両側には低い木と乾いた草。街を離れてまだ旅の途中なのに、もう何度も景色に目を奪われている。
ウィントフックからレンタカーでナミブ砂漠へ向かう。目当ては赤い砂丘と、デッドフレイに立つ黒い枯れ木だった。けれど、いざ走り始めると、そこに着くまでを急いでしまうのが惜しくなる。峠を越えるたびに、さっきとは違う土地が開ける。ナミビアでは、移動にあてた時間まで、旅の真ん中にあった。
ウィントフック。美しい教会の前で考える

クリストゥス教会の尖塔のそばで、太陽がまぶしく光っている。丸い窓、白く縁取られた入口、きちんと手入れされた芝生。ドイツ風の建物が、この青空によく似合う。カメラを向けたくなるのも分かる。
ただ、建物の背景を知ると、目の前の穏やかさをそのまま受け取れなくなる。ここにはドイツの植民地支配と、ヘレロやナマの人々との戦争の歴史が重なっている。「平和の象徴」という言葉も、誰の側から見るかで響きが変わる。
誰にとっての平和だったのだろう。教会の前に立つ人や、道路を行く車を眺めながら考える。いまの街は、いま目に見えるものだけでできているわけではない。美しいと思った気持ちを消す必要はないけれど、その美しさだけを持ち帰るのも、どこか違う気がした。
街の近くに、シロサイのいる草原がある
オカプカ野生動物保護区へ向かうと、街の景色がブッシュへと変わっていく。少し前まで建物の形を見ていた目で、今度は木の間に動物を探している。こんなに近いのか、とまず驚いた。

木陰のキリンは、首まで視線を上げて、ようやく全身が収まる。草地にはシロサイがいて、その重そうな体を大地に預けるように立っている。動物だけを切り取って見るよりも、その周りにある木や草、背後の山まで一緒に見ていたくなる。

都市と野生が、地図の上で思っていたよりずっと近い。ウィントフックで過ごす時間のすぐ隣に、こういう時間がある。まだ砂漠にも着いていないのに、ナミビアという国の大きさに、こちらの感覚が追いつかない。
セスリエムへ。まっすぐな道と、曲がるたびに変わる景色

ウィントフックを離れると、前方に道と空が大きく広がった。遠くまで見渡せるのに、その先がどうなっているのかは分からない。緩い坂を上がれば、また道が続いている。視界に収まっている距離だけでも、日本で普段見ている道路とはずいぶん違う。
未舗装路では、路面の凹凸が車の動きにそのまま伝わってくる。景色に見とれたい気持ちと、前をよく見て走らなければという気持ちが交互に来る。遠くの山はなかなか近づかないのに、道端の草は次々と後ろへ流れる。その距離感が面白くて、移動しているだけなのに退屈しない。

車を降りて眺めると、さっきまで頼もしく感じていた大きな車も、風景の中では小さい。ここから先も、自分で走っていく。自由に動ける楽しさと、車を無事に戻す責任が、一緒についてくる旅だ。

峠から見下ろす景色には、思わず見入ってしまった。斜面の下に平地が広がり、その先に山が並び、さらに奥の土地が淡くかすんでいる。広い、というだけでは足りない。近くの岩から遠くの山まで、目で辿っていくのに時間がかかる。
斜面に建つ家を見つけて、ようやく大きさの基準ができる。あそこに立ったら、毎日この景色を見るのだろうか。写真の中では小さな屋根が、その場では妙に気になった。絶景を見に来たつもりが、こんな場所で暮らす時間のことまで考えている。
D1265の未舗装路を進みながら、ナミビアを砂だけの国のように思っていたことに気づく。岩の山もあれば、草の色が残る土地もある。地形が変わると道の表情まで変わる。目的地までの残り時間より、次にどんな景色が出てくるかが気になり始める。
ソリティアの古い車、砂漠の入口の看板

ソリティアに立ち寄ると、古い車が乾いた地面に残されていた。塗装が剥がれ、錆びた車体の向こうに山が見える。走っている車から降りて、もう走らない車を見る。その対比が、少しおかしい。
ここまで運んでくれた車を思うと、古い車体にも自然と目が行く。いまは景色の一部になっているけれど、これもかつては誰かをどこかへ連れていったのだろう。行き先を想像していると、休憩のつもりの寄り道が長くなる。

やがて国立公園の看板が現れる。ようやく来た、という気持ちになる。ここまでにも十分見どころがあったのに、この先にはまだ赤い砂丘が待っている。朝に街を出た時よりも、旅への期待が大きくなっていた。
セスリエム渓谷。岩の間に残る水

セスリエム渓谷に入ると、それまで広がるばかりだった視界が、急に細くなる。両側から岩壁が迫り、顔を上げると隙間に青空がある。さっきまで遠くの山を見ていたのに、今度はすぐそばの岩肌を見ている。
壁は滑らかなところと、ごつごつしたところが混ざっている。底に残る水には、その岩が映っていた。乾いた土地をずっと走ってきた後だから、わずかな水面が妙に目を引く。
この深さまで、水が削ったのか。砂漠の入口で、目の前にないはずの川の流れを想像する。赤い砂丘を見る前にここを歩けてよかった。ナミビアの景色が、また少し複雑になる。
ナミブ砂漠の夕日。もう少しだけ、ここにいたい

砂丘の稜線に足跡が続いている。光の当たる側は明るく、そのすぐ隣は深い影。遠くからは一枚の滑らかな斜面に見えた砂が、近づくと細かな起伏を持っている。こんな柔らかいものが、あんなに大きな山になるのかと思う。
足を置くと、砂が沈む。進んだつもりでも、少し戻される。見えている距離ほど簡単には近づけない。それでも、振り返るたびに低くなっていく景色がうれしくて、また足を前へ出す。

太陽が低くなると、砂の色が温かくなる。遠くの山は輪郭だけを残し、斜面の影が長く伸びる。同じ場所にいるのに、少し前とは違う景色になっている。カメラを構えて、下ろして、また眺める。その繰り返しになる。
最高の夕日だと思った。もっと気の利いた言葉があってもよさそうなのに、ほかには出てこない。ここまでの運転や、砂を踏んで登った時間も、いま目の前にある色につながっている。もう少しだけ沈まないでほしい、と思いながら見ていた。
ナミブ砂漠の星空。眠るのが惜しい夜

日が落ちて、砂漠の色が見えなくなる。代わりに、空が気になり始める。明るい星を見つけ、その周りを見ると、もっと小さな光がある。さらに目を凝らすと、その隙間にも星がある。どこまで見ても、見終わった感じがしない。
昼間はあれほど大きく見えた山や砂丘が、暗い輪郭になっている。車の上にも、宿の向こうにも、同じ空が続いていた。道中ではずっと前を見ていたのに、いまは首を上に向けたまま動けなくなる。

天の川は、星を線でつないだものというより、光が薄く重なった帯のように見える。明るい点だけを追うのをやめると、その奥行きが気になってくる。この空のどこかを見落としている気がして、視線がなかなか落ち着かない。

手前に木が一本あるだけで、空の遠さがよく分かる。すぐそこに立つ幹と、どれほど遠いのか実感できない光。その両方を同時に見ていることが不思議だった。

明日の朝は早い。そろそろ休んだ方がいいことは分かっている。それでも、もう一度だけ空を見てから、と足が止まる。部屋に戻れば、この景色から自分で目を離すことになる。それが惜しかった。
Desert Quiver CampとDead Valley Lodgeで過ごす、砂漠の二つの夜。昼の景色を見るために選んだ宿だったけれど、ここに泊まれてよかったと思うのは、むしろこういう時間かもしれない。何かをしなくても、外に出て空を見上げるだけでいい。
デッドフレイへ。最後の砂地で、ハンドルを握る手に力が入る

まだ暗い中、車が並んでいる。赤いテールランプが続き、周りの景色はよく見えない。朝の光が入る前にデッドフレイへ着きたい。昨日まで眺めていた砂漠を、今日は暗いうちから走っていく。
途中までは道を辿ればよかった。けれど、最後は四輪駆動が必要な砂地に入る。そこから、運転の感覚が変わった。タイヤがしっかり地面をつかんでいる手応えが薄く、砂に足を取られる。車が大きくても、安心できるわけではなかった。
ここで埋まったらどうしよう。進みたいのに、気持ちが前へ出ていかない。砂に取られるたびにハンドルを握る手に力が入り、路面から目が離せなくなる。目の前に広がる景色を楽しむ余裕は、この区間ではほとんどなかった。
未舗装路を走ってきたから大丈夫だろう、とはいかない。砂の道には、砂の怖さがある。デッドフレイの美しい写真を見ていた時には、その手前にこんな緊張が待っているとは思っていなかった。
砂地を抜けて車を停める。無事に着いた。そのことに、まずほっとする。ここからは自分の足で歩けばいい。肩の力を抜いて、枯れ木のある方へ向かった。
デッドフレイの朝。怖さの先で、言葉が少なくなる

白く干上がった地面。黒い木。赤い砂丘。青い空。目の前にある色が、ひとつずつはっきりしている。さっきまでタイヤと砂のことばかり考えていたのが、嘘のようだった。
朝の光は先に砂丘を照らし、手前の地面には影が残っている。枝の先まで黒く浮かび上がる。木は一本ずつ形が違い、少し歩くと枝と砂丘の重なり方も変わる。立ち止まる場所がなかなか決まらない。どこから見ても、もう少し見ていたくなる。

黒い木は、燃えた跡ではない。乾燥しすぎて腐らずに残っている。かつてここに水が届き、木が育っていた。その水が来なくなり、木が枯れ、それでも倒れずに立っている。
「死んだ湿地」という名前を、目の前の景色に重ねてみる。枝は動かず、地面も乾ききっているのに、朝の光だけは少しずつ変わっていく。時間が止まったような場所で、自分はいつも通り息をして、歩いている。その感覚が、妙に落ち着かない。
来られてよかった、と思う。もっと簡単に着いていたら、違う気持ちで見ていたかもしれない。長いドライブも、砂地での怖さも、ここに立った時にはまだ体に残っている。そのまま、もう一度、木の方を見る。
帰り道にも、まだ景色がある

ウィントフックへの帰り道は、山の間へと入っていく。正面に岩の斜面が立ち、白っぽい道がその奥へ続いている。砂丘を見終えたからといって、旅が片づくわけではない。まだこんな景色が出てくるのか、とまた前を見る。
行きは砂漠へ着くことを考えていた。帰りは、走った先に街が待っている。似たような未舗装路でも、その違いで気持ちが変わる。もう少しこのまま走っていたいような、早く車を停めて休みたいような、両方だった。

Heinitzburgのテラスからは、街が見える。砂丘の代わりに建物が並び、窓や道路に明かりがある。その眺めを前に夕食をとっていると、ようやく長い運転を終えた実感が湧いてきた。
空が暗くなっていく。昨日の星空を思い出して、少し上を見る。砂漠にいた時ほど星は気にならず、いまは目の前の街の明かりが心地いい。あの広さの中へ出ていけたことと、こうして戻ってこられたこと。その両方が、うれしかった。
この旅のレンタカー費用
| レンタカー会社 | 車種・利用期間 | 総額 |
|---|---|---|
| Kalahari Car Hire | CONNOISSEUR AUTOMATIC 2.8 4×4 Pickup 3日間 | N$7,728.00 約72,840円 |
円換算の参考:2026年5月1日、1 ZAR=9.4252円(N$も同率で換算)。日本円は10円単位の概算。為替レート
この旅で利用した飲食店とお会計
金額は今回の会計記録。N$はナミビアドルです。
| 店名 | 特徴 | お会計額 |
|---|---|---|
| Joe’s Beerhouse | ウィントフックで食事とビールを楽しんだ店 | N$880.00 約8,290円 |
| Craft Bistro | ウィントフックの街歩きの合間に利用 | N$204.00 約1,920円 |
| Windhoek Sky Restaurant | ウィントフックで利用したレストラン | N$600.00 約5,660円 |
| Hilton Garden Inn Windhoekのバー | 宿泊したホテルでの飲食 | N$1,007.36 約9,490円 |
| Solitaire Country Lodge | 砂漠への道中、ソリティアで立ち寄り | N$145.00 約1,370円 |
| Sossusvlei Lodgeのレストラン | 夕食とフルーツジュース | N$475.00 約4,480円 |
| Sesriem Restaurant | 砂漠観光の拠点セスリエムで利用 | N$136.00 約1,280円 |
| Hotel Heinitzburg | ウィントフックの夕景とともに楽しむ夕食 | N$1,710.00 約16,120円 |
円換算の参考:2026年5月1日、1 ZAR=9.4252円(N$も同率で換算)。日本円は10円単位の概算。為替レート
この旅で泊まった宿と総額
| 宿名 | 泊数 | 総額 |
|---|---|---|
| Hilton Garden Inn Windhoek | 3泊 | N$5,717.48 約53,890円 |
| Desert Quiver Camp | 1泊 | N$2,980.00 約28,090円 |
| Dead Valley Lodge | 1泊 | ZAR 4,900.00 約46,180円 |
円換算の参考:2026年5月1日、1 ZAR=9.4252円(N$も同率で換算)。日本円は10円単位の概算。為替レート
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