
岩の正面に、扉がある。上には階段のような装飾が重なり、その周りは削られていない岩肌のままだ。近づくと建物に見えるのに、少し離れると、やはり大きな岩だった。
2月のサウジアラビア。リヤドで一泊してから飛行機でアルウラへ向かい、レンタカーで周辺を巡った。目当てはヘグラの遺跡だったが、帰ってから思い出すのは、岩の墓だけではない。夕日を背にしたエレファント・ロック、砂岩の山を映すマラヤ、夕食に向かう途中の暗い路地。Harrat Viewpointから見渡した、夕暮れの谷も忘れがたい。昼と夜で、ずいぶん違うものを見ていた。
アルウラへ。窓の下から、車の前へ

飛行機の窓の下には、茶色い大地が続いていた。山の稜線と平らな土地が交互に現れる。地上に降りて車で走ると、今度はその山が道路の向こうに立っている。
アルウラでは、見たい場所が一つの街区に収まっていない。旧市街を歩く時間と、次の場所まで車で移動する時間を行ったり来たりする。そのたびに、建物の大きさと岩山の大きさが入れ替わる。道路脇の建物の奥に、壁のような山が見えていた。

自分で車を走らせる旅には、観光地の名前が付いていない景色も残る。ナミビアをレンタカーで巡った旅もそうだった。目的地に着くまでの道を省いてしまうと、旅のかなりの部分が抜けてしまう。
エレファント・ロックで、日が落ちるまで

名前を聞いてから見たせいもあるだろう。それでも、これは象だった。太い胴体があり、前に長く垂れた鼻がある。鼻と体の間を、向こうの空が通り抜けている。
岩の足元に人が立つと、大きさが分かる。遠くから形を眺め、場所を変えてもう一度見る。同じ岩でも、日を受ける面は赤茶色で、逆側へ回ると輪郭が黒く沈む。
「こっちからだと、鼻がよく見えるね」
そばで岩を眺めていた人に声をかけると、その人も少し横へ動いて、岩の隙間を見上げた。「本当だ。ちゃんと象だね」
そういう話だけで済む場所もいい。岩が何に見えるかを話し、また黙って眺める。

日が傾くにつれて、砂の色まで変わっていく。岩の表面に見えていた細かな筋が目立たなくなり、最後には鼻の下の明るい隙間が残った。昼間に見た岩山とは、別のものを見ているようだった。
JOONTOSへ。灯りを辿る夜の路地

旧市街に戻ると、昼間は土色だった壁が暗くなっていた。通路の足元や階段の脇に、ランタンが置かれている。明るい場所だけを見れば、次にどちらへ進むかが分かる。
入口の先にも細い通路が続く。壁の厚みがあり、頭上には梁が渡っている。外から見ただけでは分からない奥行きだった。旧市街を歩いていたはずが、いつの間にか、建物の中へ入り込んでいる。

夕食はJOONTOSで。チキンのマンディと、バタタ・ハッラを頼んだ。米と鶏肉の皿、それにじゃがいもの一皿が卓上に並ぶ。
マンディは、肉や鶏肉と米を組み合わせる料理だ。伝統的には専用の炉などで肉を調理するが、作り方は店によっても違う。この店で口にした一皿も、米の上に鶏肉が載り、見た目からしっかり食事になることが分かる。
遺跡を見ているときは岩肌の細かな線を追っていたのに、席に着くと、目の前の皿で頭がいっぱいになる。食べ終わって外へ出る頃には、またあの灯りの並ぶ通路を歩く。食事の前後まで含めて、覚えておきたくなる場所だった。

ヘグラ。墓を見に来て、街のことを考える

ヘグラの予約では、少しひやりとした。バスと入場を組み合わせたプランを探していて、かなり高いものを買いそうになったのだ。別の案内も見比べて、いったん購入の手を止めた。
同じ遺跡でも、送迎の範囲や見学方法によって商品は違う。予約画面の名前だけで決めず、何が含まれるかを確かめる。この一手間は、旅に出る前に済ませておいてよかった。
岩のそばに停まったバスを見ると、遺跡の大きさが実感できる。ここでは、墓から墓へ移る時間にも岩山が見える。ひとつの建物に入って見学を終える場所ではなかった。

ヘグラのツアーを案内してくれたのは、ガイドのサーミだった。
「あの向こうまで、全部お墓なんですか」
岩壁の入口を眺めながら尋ねると、サーミは壁の方へ手を向けた。「この辺りに見えているのは墓です。ヘグラには、井戸も残っています」
井戸、と聞くと、急に暮らしの話になる。ここに水を得る技術があり、人が住み、物が運ばれていた。墓ばかりを見ていた目が、その周りの平らな土地にも向いた。
ヘグラに残る岩窟墓の多くは、ナバテア人の時代のものだ。装飾された正面だけでなく、水を確保した井戸も、その技術を伝えている。巨大な岩の墓を見に来たつもりだったが、目の前にあるのは、そこに暮らしていた人たちの痕跡でもあった。

交易で栄える街には、人や物が集まる理由がある。その条件が変われば、街の役割も変わる。ただ、どうして衰えたのかを一言で片づけるには、目の前の遺跡は広すぎた。
扉の形、岩の厚み、削り残された面。分かるところから見ていく。遠くから見たときより、近くに立ったときの方が、考えたいことが増えた。
マラヤ。山が映る壁の前で

マラヤでは、岩山が建物の壁に映っていた。四角い輪郭を目で追わないと、どこまでが山で、どこからが建物なのか分かりにくい。
近づけば鏡の継ぎ目が見える。少し離れると、今度はまた山がつながって見える。立つ位置を変えるだけで、壁の中の景色まで動く。コンサートや催しに使われる建物だというが、このときは外側だけでも見飽きなかった。
ヘグラでは岩を削って扉をつくり、マラヤでは壁に岩山を映している。古い遺跡と新しい建築を続けて見たことで、どちらも周囲の地形と切り離せないことが面白くなった。
ダダン。岩壁の小さな入口と、その上の獅子

ダダンでは、岩壁に開いた四角い入口を見上げた。ヘグラの大きな正面とは違い、山の中に小さな穴が並んでいるように見える。よく見ると、入口の上に獅子の姿が刻まれていた。
ダダンでは、別のツアーのガイド、ファハドと岩壁を眺めた。
「上にいるのは、ライオン?」
ファハドが答えた。「そう。あの彫刻から、ライオンの墓と呼ばれています」
形が分かってから、もう一度見る。入口だけを追っていたときには通り過ぎそうだったものが、一つずつ見えてくる。
ダダンは、ダダン王国とリヤーン王国の都だった場所で、香料の交易路上で栄えた。ナバテアのヘグラとはまた別の時代の、人が集まった場所だ。いま目に見えているものを、すべて同じ「古代遺跡」にしてしまうのはもったいない。

岩山のそばに緑がある。ヤシの間から土色の建物が見える。砂漠という言葉から思い浮かべる、何もない土地とは違っていた。水があり、人が行き交う場所に街ができる。そのことが、地図の説明よりも、この緑を見たときによく分かった。
Jabal Ikmah。岩に刻まれた文字を、ガイドと読む

ダダンのあとに訪れたJabal Ikmah(ジャバル・イクマ)では、岩の表面に目を近づけた。横に長く続く線、小さな四角、曲がった印。岩の割れ目とは明らかに違う形が、あちこちに並んでいる。
「これ、全部文字なんですか」
ガイドのファハドに尋ねると、文字の並ぶ岩壁を見上げながら答えた。
「文字もあれば、絵もあります。ここには、何百もの碑文が残っているんです」
見える範囲だけでも、ずいぶんな数だった。ひとつを見つけると、その横にも、その下にもある。岩の大きさを見ていたときには気づかなかったものが、急に増えていく。
「どんなことが残っているんですか」
「当時の暮らしを知る手がかりです。岩絵には動物や楽器もあります。だからここは、屋外の図書館とも呼ばれているんですよ」

図書館と聞いて、もう一度岩を見た。読めない文字ばかりだが、ここに残されたものに一つずつ意味があると思うと、見方が変わる。形を確かめてから隣へ目を移す。さっきよりも、少しゆっくりになった。
Jabal Ikmahの碑文群は、ユネスコの「世界の記憶」に登録されている。世界遺産とは別に、記録そのものの価値を認めるものだ。岩壁に残された文字が、昔の暮らしを伝える資料として扱われている。
もちろん、目の前の一行を自分で読めるわけではない。誰が、どんな顔で刻んだのかも分からない。それでも、文字の端で線が止まっているところを見ると、そこまで手を動かした人がいたのだと思う。墓や宮殿より小さな跡なのに、人のしたことが妙に近く感じられた。
「読めたら、ここでずっと立ち止まってしまいそうですね」
ファハドは岩壁に目を戻した。「読むものは、たくさんありますからね」
もう少し先の岩にも文字があった。急いで通り過ぎるには、惜しい場所だった。
Harrat Viewpoint。夕暮れのアルウラを一望する

夕方、Harrat Viewpoint(ハラット・ビューポイント)へ上がった。
足元には黒っぽい石が転がり、その先で地面が落ち込んでいる。下を見ると、岩山の間に緑が細長く続き、白い建物が集まっていた。道路はその脇を縫い、遠くで小さく曲がっている。アルウラの街と谷が、まとめて目の前に広がった。
昼間は見上げていた岩山を、今度は上から眺めている。あれほど大きかった山の向こうに、また別の山がある。その奥にも、まだ淡い稜線が続く。街の中では分からなかった広さだった。
ここは、火山性の山ハラット・ウワイリドの上にある展望台だ。足元の暗い石と、谷の向こうの赤茶色の山。その間にあるオアシスの緑が、夕方の光の中でもはっきり見えた。

空はまだ青いのに、遠くの低いところだけが薄い桃色になっていた。岩山にも同じ色が少し移っている。手前の岩は細かな割れ目まで見え、その向こうの山はぼんやりして、いちばん奥は空との境目が曖昧だった。
カメラを向けても、左右が入りきらない。撮ってから画面を確かめ、また顔を上げる。写真の外に、まだ街が続いている。目の前で見ている方がずっと広い。当たり前のことなのに、ここでは何度もそう思った。
さっきまで街の中にいた。その街がいま、ずっと下に見える。もう少ししたら、またあそこへ降りて、どこかの席に座って夕食を頼むのだろう。そう考えると、白く集まった建物の一つひとつが気になった。
日が落ちる前に帰ろう、という気持ちが、なかなか起きなかった。新しく何かが現れるわけではない。ただ、遠くの山が少しずつ見えにくくなり、緑が濃く沈んでいく。その変わり方を、最後まで見ていたかった。
ここから一望したアルウラは、本当にきれいだった。車へ戻ろうとして、もう一度だけ谷の方を見た。薄い桃色が、まだ空の下の方に残っていた。
Tofareyaで、白い米料理を食べる

もう一度、旧市街で夕食をとった。Tofareyaのチキンのセットには、オレンジのサラダ、フムス、クルサン、サリーグなどが並ぶ。皿が変わるたび、色も形も違う。
白く、なめらかに見える米料理がサリーグだった。
料理を運んできた店員に聞いてみた。
「これも、お米なんですね」
「そうです。ミルクを加えて炊く料理です」
焼き色の付いた鶏肉の下に、白い米が広がっている。同じ米と鶏肉でも、前に食べたマンディとは見た目から違う。サウジアラビアの食事を、一種類の肉料理や香辛料のイメージで考えていたことに気づく。
昼間は岩の墓や碑文を見て、高い場所から街を一望した。夜は米料理の違いを知る。知らない国で過ごす時間は、こういう小さな違いで埋まっていく。
アルウラで利用した飲食店とお会計
| 店名 | 特徴・注文内容 | お会計額 |
|---|---|---|
| JOONTOS | チキンのマンディ、バタタ・ハッラ、水 | 145.00 SAR/約5,980円 |
| Tofareya | チキンのセット。サラダ、フムス、サリーグなど | 160.00 SAR/約6,600円 |
アルウラで泊まった宿
| 宿名 | 泊数 | 総額 |
|---|---|---|
| شقق مفروشة هداج تاون العلا | 2泊 | 784.90 SAR/約32,350円 |
日本円は2026年9月15日確認の1 SAR=約41.22円で換算し、10円単位に丸めた概算です。旅行時のカード決済額とは異なります。
アルウラではレンタカーを利用した。街と観光地の間は車で移動し、遺跡の見学方法は各施設の案内に従う。レンタカーで来たからといって、そのまま遺跡の中まで走れるわけではない。
この旅の続きと、ほかの砂漠の旅
アルウラのあと、飛行機でリヤドへ戻り、ディルイーヤを歩いた。土色の路地からサウード家の歴史を辿る、リヤド・ディルイーヤ編へ。
砂漠の景色と、そこへ向かう道の時間をもう少し読むなら、ナミビアのレンタカー旅行記もどうぞ。



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