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ボツワナ・ハボローネ旅行記|街の隣の野生と、牛でつくった大学の話

ボツワナ|かるぺでぃえむ|死ぬまでに行きたいところがある アフリカ

本当に首都ですか。

ハボローネの街を見渡して、まずそう思った。四角い建物の間に広い空き地があり、道路の先には低い丘が見える。建物が途切れた先にも、緑が広がっている。空は青く、白い雲が細かく散っていた。最高に長閑だった。

ハボローネを見渡す。建物の向こうまで、空と緑が続いている。
ハボローネを見渡す。建物の向こうまで、空と緑が続いている。

2026年4月28日から30日まで、ボツワナで二泊した。南アフリカから入り、このあとナミビアへ向かう旅の途中だった。ケープタウンで歩いた坂道や博物館に続いて、今度はこの首都を見て回る。

街のすぐ隣で動物を眺め、大学では牛の話を聞いた。夜は高い場所から街を見下ろして食事をした。短い滞在だったが、ハボローネには、目の前の景色から少し先の話を聞きたくなる場所があった。

三首長の像。ロンドンまで出かけた三人

翌日、ガイドのタボと街を巡った。車窓には、建物の間から広い空が見えていた。

「昨日、着いてからずっと思っていたんだけど、本当に首都なんだね」

「そうだよ。何を想像していた?」

「もう少し、建物も車もぎっしりあるのかと」

タボは前を向いたまま笑った。「上から見るのと、近くで見るのとでは違うよ。今日は近くで見よう」

三首長の像。台座には、それぞれの名前が刻まれている。
三首長の像。台座には、それぞれの名前が刻まれている。

「この三人は、ロンドンまで行ったんだ」とタボが言った。

三人の男が並んで立っている。長い上着を着て、正面を見ている。一見すると、旅先の広場で見かける銅像のひとつだった。

カーマ三世、セベレ一世、バトエン一世。三人の首長は1895年、イギリスへ渡った。当時のベチュアナランドを、セシル・ローズのイギリス南アフリカ会社の支配に組み込ませないための働きかけだった。英国を巡って支持を集め、植民地相にも訴えた。

土地の行く末をめぐる交渉のために、ここからロンドンへ行く。1895年のその距離を考えると、目の前の銅像が急に具体的になる。戦って守る以外に、遠くまで出かけて話し、相手の国で味方を増やすという方法を選んだ人たちだった。

それで植民地支配そのものが終わったわけではない。それでも、この土地が会社の支配に渡ることを防いだ意味は大きい。背景を知ると、普通に見えた三人の姿にも重みが出てくる。ボツワナという国の穏健さの原点を、少し見た気がした。

ハボローネ・ゲーム・リザーブ。街のすぐ隣にいる動物たち

Gaborone Game Reserveの入口。街から自然保護区へ。
Gaborone Game Reserveの入口。街から自然保護区へ。

市内観光とゲームドライブを組み合わせたツアーで、ハボローネ・ゲーム・リザーブへ向かった。門の先には土の道が続いている。道の両側は木と草で、建物を眺めていた目が、今度はその隙間に動物を探す。

土の道の脇に立つインパラ。周囲には草と低木が茂る。
土の道の脇に立つインパラ。周囲には草と低木が茂る。

インパラ、イボイノシシ、ダチョウ。草食動物を中心に眺める、穏やかなゲームドライブだった。大きな肉食獣を追うような迫力はないが、アフリカに来たと感じるには十分だった。黄色い花が咲く草地にインパラが立ち、木のそばにはダチョウの長い首が見える。

黄色い花と緑の中に、ダチョウの黒い羽が目立つ。
黄色い花と緑の中に、ダチョウの黒い羽が目立つ。

この保護区は、1988年にカラハリ保護協会が設けたものだという。ハボローネの住民が、自然の中で野生動物に触れられる場所をつくることが目的だった。街の近くにあるのは、たまたま残った自然だから、というだけではなかった。

広さはおよそ5平方キロメートル。樹木のあるサバンナに水辺や岩場が重なり、学校向けの環境学習にも使われている。遠くの大きな保護区へ出かけなくても、自分の国に暮らす動物を見られる。旅人として立ち寄った場所だが、ここには街で暮らす人たちのための役割もある。

ベルベットモンキーがボンネットの上に。車内から見ても、この近さ。
ベルベットモンキーがボンネットの上に。車内から見ても、この近さ。

なかでも近かったのは、ベルベットモンキーだった。ボンネットの上にまで来る。フロントガラスの向こうに、土の道と猿が一緒に見える。動物を探して遠くへ目を凝らすつもりが、こちらの車のすぐ前にいる。

大迫力のサファリというより、街のすぐ隣に野生動物が普通にいる。その距離感が面白かった。

「近すぎない?」

ボンネットの猿を見て言うと、タボは「窓は閉めておこう。食べ物も見せないで」と答えた。猿はフロントガラス一枚の向こうにいる。こちらが見物しているつもりなのに、向こうにも車内を見られている。

「ライオンはいなくても、十分だね」

「ずっと遠くまで行かなくても、見られるものはあるよ」

ハボローネを見渡したときの長閑さと、保護区の中の時間が、あまり離れていないように感じられた。

保護区の水辺に集まる鳥たち。木々が水面に映る。
保護区の水辺に集まる鳥たち。木々が水面に映る。

Botswana Craftの鍋料理。ガイドと話した昼ごはん

食事はBotswana Craftで地元料理を食べた。黒い鍋に汁と具が入っている。馴染みのない土地の料理なのに、ひと目見て、モツ鍋みたいだと思った。

Botswana Craftで食べた地元料理。モツ鍋を思い出す一皿だった。
Botswana Craftで食べた地元料理。モツ鍋を思い出す一皿だった。

「日本にも、こんな感じの鍋があるんだ。モツ鍋っていうんだけど」

タボにそう言うと、「こっちにも内臓を煮て食べる料理があるよ。肉の部分だけじゃない」と返ってきた。

ボツワナには、牛や羊、ヤギの内臓を柔らかく煮るセロベという料理がある。南部アフリカで食べられるモゴドゥも、胃や腸を煮込む料理だ。肉料理にトウモロコシやソルガムの主食を合わせる食文化の中で、内臓の煮込みも食卓の一品になっている。

「日本では、何と一緒に食べるの?」

「野菜を入れたり、最後に麺を入れたりするかな」

「麺も?」

今度はタボのほうが少し意外そうだった。知らない料理の説明を聞くばかりだったのが、いつの間にか日本の鍋の話になっていた。

目の前の鍋も、初めは地元料理だから食べてみようと思ったものだった。けれど、こうして話していると、遠い国の珍しい食事という感じが薄れていく。料理の名前より、モツ鍋みたいだったことと、鍋のあとに麺を入れる話をした昼ごはんが記憶に残る。

ボツワナ大学。国民が牛を持ち寄った話

ボツワナ大学にある牛と人物の銅像。大学を支えた募金の歴史に重なる。
ボツワナ大学にある牛と人物の銅像。大学を支えた募金の歴史に重なる。

「大学をつくるために、国民が牛を売ったんだ」

牛の銅像のそばで、タボが教えてくれた。

「牛を?」

「そう。お金だけを集めたわけじゃない。牛を出す人もいた」

校舎を見に来て、家畜の話を聞くとは思わなかった。

大学と牛。その二つが、最初はうまく結びつかなかった。けれど、校内には牛と人の銅像がある。大きな建物の前に、牛を連れた人の姿が残されている理由を、その話で知った。

後から大学の説明を読むと、その背景は1976年の募金運動にあった。前年、レソトにあった三か国共同大学の拠点が国有化され、ボツワナでは国内の大学キャンパスを急いで拡充する必要が生じた。初代大統領セレツェ・カーマが先頭に立ち、国民へ協力を呼びかけたのだった。

運動の名前は「Motho le Motho Kgomo」。英語では「One Man, One Beast」と訳される。牛だけでなく、現金や穀物なども寄せられ、農家や日々の賃金で暮らす人たちも参加した。ガイドから聞いた牛の話は、そうして人々が持ち寄ったものによって、学ぶ場所を整えていった歴史だった。

いまのボツワナ大学が独立した大学として発足したのは1982年。「あの牛の像も、その話なんだね」

「建物だけ残すと、どうやってできたか忘れてしまうからね」

タボの言葉を聞いて、もう一度、牛を連れた人の姿を見た。目の前の校舎ができるまでには、政府の計画だけでなく、何かを差し出した一人ひとりがいた。牛の銅像を見ると、その話を思い出せる。設立年だけを聞いて通り過ぎていたら、気づかなかったことだった。

夕食は、ハボローネを見渡せる場所で

泊まったのはRoom50Two。ホテル内で飲食をした場所からはハボローネを一望できた。その眺めが綺麗で、夕食は二晩ともそこで食べた。

低い光の向こうに広がるハボローネの街。
低い光の向こうに広がるハボローネの街。

遠くまで見える街だった。目の前の建物から、その向こうの緑、さらに奥の丘までが一度に目に入る。最初に「本当に首都ですか」と思った景色を、滞在の間に何度も眺めることになった。

街で像を見て、保護区で動物に会い、大学でガイドの話を聞く。そのあとに同じ眺めへ戻ると、建物の並びだけを見ていたときより、少しこの街のことが分かったような気がする。

二泊を終え、旅はナミビアへ続いた。次に待っていたのは、ウィントフックからナミブ砂漠へ向かう道だった。

この旅で利用した飲食店とお会計

店名 お店の特徴 お会計額
Botswana Craft Restaurant 地元料理を食べた一軒。黒い鍋で出てきた料理は、モツ鍋のように感じた。 300プラ
約3,540円
Room50Two ハボローネを一望できる眺めが気に入り、滞在中の夕食は毎回ここで食べた。 1,125プラ
約13,280円

泊まった宿

宿名 泊数 総額 私の滞在した感想
Room50Two 2泊 3,202.20プラ
約37,800円
ホテル内で食事をしながら眺めるハボローネの景色が綺麗だった。二晩ともここで夕食を取った。

市内観光・ゲームドライブ

交通・ツアー 内容・所要時間 費用
サファリ・ゲームドライブとハボローネ市内ツアー GetYourGuideで予約。催行会社:EWIN Reservations Agency。英語案内、車で巡るゲームドライブと市内観光。予約時の所要時間は約6時間。 €101.31
約18,940円

料金は今回の訪問時のもの。日本円は2026年4月28日のレート、1プラ=11.803円、1ユーロ=186.97円で換算し、10円単位に丸めた目安です。ツアー代はユーロでの予約額を掲載しています。為替参照:ValutaFX(プラ/円)ValutaFX(ユーロ/円)

この旅の前と、その先へ

ハボローネの前に歩いたのは、南アフリカのケープタウン。色鮮やかなボ・カープの坂道と、博物館で知った街の歴史は、ケープタウン市内の旅行記にまとめた。

ボツワナのあとはナミビアへ。街歩きからレンタカーで砂漠へ向かう旅の続きは、ナミビア旅行記へ。

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旅先で見かけたことや、その日のひとことはXにも。
かるぺでぃえむの旅の近況を見る(@SkCarpe_Diem)

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