リマ・ナスカ・ワカチナ旅行記:地上絵の謎と砂漠での出会い

中南米

旅の時期:2024年4〜5月

リマの空港から市内へ向かうタクシーでドライバーに携帯を隠すように言われた。窓を割って取られることがあるという。近くには警察もいたがドライバーは警察も賄賂でつながっているという話をした。その真偽は僕には分からない。それでもクスコを歩いていたときとは違う緊張感があった。

リマ:車内の緊張と旧市街の夜

マチュピチュからクスコへ戻った翌日は飛行機でリマへ移動した。空港から宿へ向かう車内であの注意を受けた。僕が体験した一度の移動だけで街全体の治安を比べることはできないがクスコとリマの違いとして強く記憶に残った場面だった。

宿に着いた後は旧市街へ出た。ライトアップされた建物が通りに並び人も歩いている。車内で感じた緊張がある一方で目の前には夜の街の明るさもあった。

夜のリマ旧市街で灯りに照らされた建物
クスコから移動した夜はリマの旧市街へ。

食事を取ったのはRestaurant Huascaran。クスコに続いてリマでもペルー料理を食べた。観光地ごとの違いを見てきた旅だが食事のおいしさもずっと楽しみになっていた。

リマのRestaurant Huascaranで食べた料理と飲み物
Restaurant Huascaranでの会計はS/30だった。

翌日は早朝出発のツアーに参加する。旧市街で過ごす夜の次に待っていたのは長い車での移動だった。

夜のリマ旧市街の歩行者通り
翌朝のツアーに備えてリマに宿泊した。

パルパ:砂漠の一本道を南へ進む

夜明け前にホテルを出て送迎車を乗り継いだ。目指すのはナスカ。リマを離れて南へ進むと車窓に乾いた土地が広がりまっすぐな道が遠くまで続いていた。前日までいたマチュピチュの緑とはずいぶん違う。

ナスカへ向かう早朝のツアー車内
ホテルから送迎車を乗り継いで南へ向かった。

途中には畑や町もある。乾いた山肌と緑のある場所を眺めてパルパで食事を取った。街歩きから列車、飛行機、そして砂漠の道。移動するたびに見える景色が変わっていく。

乾いた土地をまっすぐ通るナスカ方面への道
クスコ周辺の緑とは違う景色が続いていた。
ツアー車両から見た農地
砂漠を走る途中にも農地が現れる。
乾いた山肌の前に広がる畑
水のある場所では乾いた山の近くにも緑が育つ。
ナスカへ向かう道沿いの乾いた山
ナスカへ近づく道中で見た地形。
パルパで朝食を取ったBruces Barの店先
パルパで朝食を取り遊覧飛行へ向かった。

ナスカ:砂漠に残された線と消えない疑問

ナスカでは小型機に乗って地上絵を見た。地面に描かれたものを空から探す。その体験自体が不思議だった。機体が進む下には乾いた大地が広がりその中に線や形が見えてくる。

本当に不思議な光景だった。なぜこの場所に描いたのか。なぜこれだけ大きくしたのか。何のために形を残したのか。見つけるたびに答えより疑問が増えていった。

ナスカ飛行場に並ぶ小型機
地上絵を空から見るためナスカの飛行場へ。
ナスカの遊覧機から見る谷の農地
遊覧機からは周囲の谷と農地も見渡せる。
上空から見る乾いたナスカの台地
線を探していた台地の周りにも乾いた山が続く。
遊覧機の窓から見たナスカの地上絵
地上絵の文化はインカ帝国よりも前にさかのぼる。
乾いた大地に見える渦巻き状の地上絵
動物の絵だけでなく渦巻きや幾何学的な形もある。
線が交差するナスカの地上絵
地上絵の周囲にもさまざまな線が交差している。

ナスカやパルパの地上絵はインカ帝国よりずっと前の文化が残したものだ。世界遺産の資料では主な制作期を紀元前500年から紀元後500年頃としパラカスやナスカの文化と関係づけている。クスコやマチュピチュを築いたインカと同じ人々の仕事として一括りにはできない。

絵は地面を深く掘ったものではない。表面の暗い石や礫を取り除き下の明るい地面を見せることで線を描いている。動物のような形だけでなく長い直線や渦巻き、幾何学的な図形もある。空から見ると線が浮かび上がるがその一つ一つは地面の上で作業して生まれたものだ。

何のために描いたのかには複数の見方がある。儀礼や天文との関係が考えられ近年の山形大学の研究では地上絵の種類によって道や儀礼の場との関係が異なることも示されている。すべての地上絵に同じ目的があったと考えるより形や置かれた場所の違いを見ていく必要がある。

僕は空から見たが当時の人々は地面を歩きながら線を引きその周囲を行き来していた。どう全体の形を捉え誰に何を伝えようとしていたのだろう。描く方法の説明を知ってもその光景への不思議さは残る。むしろ人の手で作られたものだと考えるほど知りたいことが増えた。

ナスカツアー:カナダの淑女たちとの出会い

このツアーではカナダ人の淑女二人と仲良くなった。二人は大学時代からの友人で40年以上経った今も毎年こうして一緒に旅行しているという。そのうち一人は日系人だった。

彼女の祖先は和歌山県の出身で数年前には自分のルーツをたどって和歌山へ行ったという。その旅の話や日本からカナダへ渡った人たちの話を聞かせてもらった。ペルーで会った人から和歌山の話を聞くことになるとは思わなかった。

彼女から聞いた移住の話は19世紀から続く日系人の歴史につながっていた。1877年には永野万蔵がブリティッシュ・コロンビアへ渡りその後の移住で西海岸などに日系の人々の暮らしが築かれていった。

第二次世界大戦中の1942年には日系人が太平洋岸から強制的に移動させられ財産も失った。戦争が終わってすぐに元の生活へ戻れたわけでもない。カナダ政府と日系カナダ人の救済合意が結ばれたのは1988年だった。日本から海を渡った人たちの歴史には移住先で生活を築く営みだけでなく差別や排除との闘いもある。

自分のルーツを訪ねた彼女の話を聞きながら国をまたいで続く家族の歴史のことを考えた。ペルーを旅していたはずがカナダと日本のつながりまで知る機会になった。

二人が大学時代から付き合いを続け毎年一緒に旅をしていることも印象に残った。行き先や見どころだけでなくこうして誰かと話したことも旅の記憶になる。

ワカチナ:オアシスを囲む砂丘と夕暮れ

遊覧飛行の後はワカチナへ向かった。オアシスの周囲に建物が集まりその先に砂丘が続いている。ここではバギーとサンドボードの体験に参加した。詳しい行程や別料金はナスカとワカチナの日帰りツアー体験記にまとめている。

ワカチナはイカ近郊の砂漠にあるオアシスだ。湖の周りに木々と建物が集まりその外を大きな砂丘が囲む。乾いた土地の途中に水と緑のある場所がまとまって現れる。砂丘の上から町を見るとその小ささと周囲の砂の広がりがよく分かった。

20世紀には保養地として発展し湖畔に宿や遊歩道が整えられた。今のバギーやサンドボードの印象とは違う時間がこの湖の周りにはある。人が訪れる場所としての歴史も砂丘の景色と一緒に続いてきた。

湖には恋人を失った女性の涙から生まれたという伝説がある。湖と周辺の砂漠は保護地域になっており鳥や植物の生息地でもある。砂ばかりに見える景色の中に水を中心とする別の環境がある。

ワカチナの砂丘に集まるバギーと夕方の太陽
ワカチナではバギーとサンドボードに参加した。

夕方になると砂丘に長い影ができた。ナスカでは地面の線を探していたがここでは砂の起伏そのものが目に入る。日が沈んだ後も砂丘が幾重にも続いて見えた。

夕暮れの光が残るワカチナの砂丘
夕方の光で砂丘の起伏が見え方を変える。
ワカチナの砂丘に残る模様と夕空
日が傾いた後も砂の模様が見えた。

砂丘から町へ戻り再び車でリマへ向かった。クスコの石組みから山の上のマチュピチュ、砂漠の地上絵まで来た旅だった。それぞれの場所で造った人や暮らしてきた人のことを考えた。分かったこともあるけれどなぜだろうと思ったことも多い。その疑問ごとペルーの景色を覚えている。

砂丘の下に広がるワカチナのオアシスと町
砂丘から見ると湖と町を囲む砂漠の広さが分かる。

リマ:宿泊の記録

宿名泊数宿泊総額参考円
Hotel Paris Lima1泊S/139.30約5,830円
Hotel Diamond Lima2泊US$95.76約15,030円

Hotel Parisはペルー到着時に1泊、Hotel Diamondはクスコから戻って2泊した。

リマ・パルパ・ワカチナ:レストランの記録

店名特徴お会計額参考円
Restaurant Huascaranリマ旧市街の夕食S/30.00約1,250円
Bruces Barパルパでオムレツの朝食S/15.00約630円
Restaurante Huacachinaワカチナでの会計。注文詳細は未確認S/38.00約1,590円

ナスカ・ワカチナ:ツアーの記録

事業者・参加内容支払総額参考円
Inca Trilogy Tours/Viator予約
リマ発・ナスカ遊覧飛行とワカチナのバギー・サンドボード
€341.93約57,540円

送迎とガイド、遊覧飛行、バギー、サンドボードが含まれた。食事とチップ、ナスカの空港税S/30と出発税S/47は別料金だった。ツアー代とは別に必要になった金額として分けておく。

別料金当時の金額参考円
ナスカ 空港税S/30.00約1,250円
ナスカ 出発税S/47.00約1,970円

参考円は旅行開始月末の2024年4月30日を共通基準にした。1ユーロ=168.27円、1米ドル=約157.00円、1ソル=約41.82円として計算し10円単位で四捨五入した。出典:フランス銀行・ペルー中央準備銀行。

ペルー:歴史と文化の参考資料

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ペルー:訪問地と移動の地図

写真の位置情報で確認した訪問地と移動手段。

北 ↑ 訪問地域の位置関係概略位置図。道路・鉄道の実際の線形は表していない。リマクスコマチュピチュ遺跡ナスカ飛行場ワカチナ周辺

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順序区間移動手段
1リマ → クスコ航空便
2クスコ市内・周辺街歩き。市内車移動は領収書のある区間を別管理
3クスコ → オリャンタイタンボInca Rail接続バス
4オリャンタイタンボ → マチュピチュ村Inca Rail鉄道
5マチュピチュ村 ⇄ 遺跡Consetturバス
6村 → オリャンタイタンボ → クスコ鉄道+バス
7クスコ → リマ航空便
8リマ → パルパ → ナスカ → ワカチナ → リマツアー車両
9ナスカ周辺小型機の遊覧飛行
10ワカチナ砂丘バギー

移動の通過点と撮影地点を確認できても、全区間の連続した走行記録ではない。未確認の道路線は描いていない。航空便も実際の飛行軌跡を示すものではない。

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