ベトナム旅行記・ホーチミン 編|バイクの列と教会、その向こうの高層ビル

ベトナム・ホーチミン旅行記。夜の道路に並ぶバイク。 アジア

バイクの多さに圧倒される

ホーチミンでは、道路を見るだけで圧倒された。バイクが多い。それも、数台が目に入るという程度ではない。車の間にも、交差点にも、ヘルメットをかぶった人たちとバイクが並んでいた。

夜の道路には赤いテールランプが連なり、その先には明るい看板や高層ビルが見える。僕がこの街で感じた勢いは、まずこのバイクの多さから始まった。

グエンフエ周辺には花や大きなヘビの装飾があり、通りを彩っていた。歩行者のいる広い空間と、その周りの道路に並ぶバイク。街の写真を撮っていても、乗り物と人が自然に画面へ入ってくる。

ベンタイン市場の前では、時計塔のある建物を外から眺めた。夜空に浮かぶ時計塔の下にも、人やバイクが集まっている。建物の形だけでなく、その前の道路まで含めて、ホーチミンの景色だった。

夜の道路に並ぶバイクと、その先の高層ビル。
夜の道路に並ぶバイクと、その先の高層ビル。
グエンフエ周辺を彩る花とヘビの装飾。
グエンフエ周辺を彩る花とヘビの装飾。
ベンタイン市場の時計塔を外から眺める。
ベンタイン市場の時計塔を外から眺める。

夕食に並ぶ、ベトナムの料理

街歩きの楽しみは、食事にもあった。今回食べたベトナム料理は美味しかった。

Vị Sài Gònでの夕食には、大きな皿に並んだ料理と、野菜や葉物、白い麺を盛った籠が出てきた。皿の料理だけで完結せず、野菜も一緒に食卓へ並ぶ。その見た目も、旅先の食事として印象に残る。

翌日の夕食はVietnam House。ビールとともに、生春巻き、そして香草がたっぷり浮かぶ汁麺を食べた。生春巻きは皮越しに具が見え、麺の器の隣にも葉物やライムが添えられていた。

バイクの列や大きな建物に目を向けていた時間から、テーブルの上へ視線が移る。街の景色と同じくらい、この二晩の食事もホーチミン旅行の記憶に残っている。

Vị Sài Gònの夕食。料理と野菜、白い麺を盛った籠。
Vị Sài Gònの夕食。料理と野菜、白い麺を盛った籠。
Vietnam Houseの生春巻きとビール。
Vietnam Houseの生春巻きとビール。
香草の浮かぶ汁麺。葉物とライムが添えられていた。
香草の浮かぶ汁麺。葉物とライムが添えられていた。

統一会堂の門と、ベトナム戦争の終わり

夕食のあと、統一会堂の前を通った。夜の門には新年を祝う横断幕が掛かり、その向こうに建物が見える。今回は外から眺めたが、ここはベトナム戦争の終わりに深く関わる場所だ。

ベトナム戦争当時、この街はサイゴンと呼ばれ、南ベトナムの首都だった。統一会堂は、独立宮とも呼ばれる旧大統領官邸。現在の建物は、爆撃で損傷した旧建物に代わって建設され、1966年に落成した。教会や郵便局のようなフランス統治期の建築とは、成り立ちが違う。[3]

北ベトナムと、アメリカの支援を受けた南ベトナムの対立には、米軍も深く関与した。1973年のパリ和平協定によってアメリカは戦争から撤退したが、ベトナムでの戦闘は続いた。[4]

そして1975年4月30日、北ベトナム軍の戦車がこの官邸の門を突破し、南ベトナム政府は降伏した。サイゴン陥落と呼ばれる、ベトナム戦争の終結を決定づけた出来事だ。統一会堂の公式資料では、南部解放と国家統一へ向かう節目として説明されている。同じ出来事の呼び方にも、どの側から歴史を見るかが表れている。[3][4]

僕が訪れたのは、それから約50年後の2025年1月。新年の横断幕が掛かる門と、その近くを行き交うバイクは、現在の街の景色だ。ホーチミンの賑わいや高層ビルの姿に、ここで戦争の終わりを迎えた街の歴史も重なる。

新年を祝う横断幕が掛かる統一会堂の門。夜に外から眺めた。
新年を祝う横断幕が掛かる統一会堂の門。夜に外から眺めた。

教会に残る、サイゴンとキリスト教の歴史

食後に見たサイゴン大聖堂は、大きな足場に覆われていた。建物全体の姿は見通せなくても、その前に立つ聖母像と、足場の向こうにのぞく建物が目に入る。夜の照明の中に、教会が街の一部として立っていた。

ホーチミンとキリスト教の関係は、フランス統治期の建物よりも古い。サイゴン大司教区の歴史によると、現在のホーチミンを含むザーディンの地域には、1698年以前からカトリック信徒が暮らしていた。現在の大司教区につながる教会組織が成立したのは1844年。西欧から伝わった信仰は、植民地都市としてのサイゴンが整備される前から、この地域に根を下ろしていた。[5]

その後、フランス統治下のサイゴンで、街の中心に大きな教会が建てられた。サイゴン大聖堂の現在の建物は1877年に着工し、1880年に落成。大聖堂の公式資料によれば、建設費はフランスの植民地当局が負担し、外壁のレンガを含む建材もフランスから運ばれた。1895年には二つの鐘楼が加わった。教会の姿には、信仰の歴史と、フランス統治下でつくられた都市の歴史が重なっている。[6]

すぐ近くの中央郵便局にも足を踏み入れた。外観の窓や入口にはアーチがあり、中へ入ると、丸く高い天井が奥へ続いている。左右の柱が並び、その先の壁にはホーチミンの肖像が掛かっていた。外から見るだけでは分からなかった奥行きが、入口から一度に見渡せる。

ベトナム国家観光局は、中央郵便局をフランス統治期の建築として紹介している。教会のすぐそばに、こうした公共建築が残っていることにも、この街の西欧とのつながりが表れている。[1]

タンディン教会は、また違った姿だった。ピンク色の壁に白い縁取りがあり、時計のある塔が上へ伸びる。その前の道路にもバイクが写る。教会だけを切り取って見れば西欧を思わせるのに、少し広く見ると、すぐにホーチミンの街へ戻る。

サイゴン大司教区の資料によると、タンディン教会は1876年に落成し、その後も拡張や修繕が重ねられた。いまの姿を一度に完成した建物として眺めるより、長い時間の中で手を加えられてきた教会として見ると、その印象も変わる。[2]

今回見たサイゴン大聖堂とタンディン教会は、どちらもカトリックの教会だ。大聖堂前の聖母像、タンディン教会の塔にある十字架。そして、そのそばを行き交うバイク。僕には、キリスト教がホーチミンの街の景色に深く入り込んでいるように見えた。

教会を眺めてから、近くの郵便局へ入ると、西欧の影響は宗教建築だけでなく、公共の建物にも続いていた。ホーチミンはキリスト教と西欧の影響を非常に強く受けている街だと感じた。目の前にある教会やアーチの形は、その歴史がいまの街の中にも残っていることを、具体的に見せてくれる。

聖母像の背後に、足場に覆われたサイゴン大聖堂。
聖母像の背後に、足場に覆われたサイゴン大聖堂。
夜の中央郵便局。アーチのある入口と窓。
夜の中央郵便局。アーチのある入口と窓。
中央郵便局の内部。天井と柱が奥へ続く。
中央郵便局の内部。天井と柱が奥へ続く。
ピンク色の壁と白い装飾が目を引くタンディン教会。
ピンク色の壁と白い装飾が目を引くタンディン教会。

市庁舎と劇場、その背後に伸びる街

西欧を思わせる建物は、教会の周辺だけではなかった。グエンフエの先にある市庁舎は、夜には黄色い光に照らされていた。中央の塔、窓や壁の細かな装飾、建物の前の花。その手前にはホーチミン像が立つ。

別の夜には、市民劇場の外観も眺めた。大きく弧を描く入口の上に彫刻があり、明るい壁の前を車やバイクが通っている。郵便局、教会、市庁舎、劇場。用途の違う建物を見ていても、街に残る西欧の影響を何度も感じた。

一方で、グエンフエの反対側へ目を向けると、高層ビルや明るい看板が並ぶ。バルコニーごとに店の看板が光る建物もあった。古い建物がまとまって残る街というだけでは、この景色を言い表せない。

この街は、最近になって一段と栄えてきたのだろうか。僕にはそんな雰囲気があった。建物を見ただけで発展の時期が分かるわけではないが、地上の人やバイクの多さと、上へ伸びるビルを一緒に見ると、街の勢いを感じずにはいられなかった。

花の向こうにライトアップされた市庁舎。
花の向こうにライトアップされた市庁舎。
市庁舎前のホーチミン像。
市庁舎前のホーチミン像。
夜の市民劇場を外から眺める。
夜の市民劇場を外から眺める。
バルコニーごとに店の看板が光る建物。
バルコニーごとに店の看板が光る建物。

上から見るホーチミン

Vietnam Houseでの夕食のあと、シェラトンのバーでマルガリータを飲んだ。グラスの向こうには、ホーチミンの夜景が広がっていた。

高い場所から見ると、街路の光が遠くまで続き、低い建物の間から高層ビルが立ち上がっている。地上ではバイクや建物の正面が目に入っていたが、ここでは街の広がりが見える。

教会や郵便局を見ていた時と、同じ街の景色だ。その周りにこれだけの建物と光が続いている。西欧の影響が残る街並みと、新しい大都市の姿が、近い距離にあることがよく分かった。

街へ戻ると、タイバンルン通りの路地には赤い提灯が並んでいた。広い通り、高い建物、路地の入口。見える範囲を変えるたびに、ホーチミンの表情も変わる。

シェラトンのバーで飲んだマルガリータと夜景。
シェラトンのバーで飲んだマルガリータと夜景。
高い場所から眺めたホーチミンの街並み。
高い場所から眺めたホーチミンの街並み。
タイバンルン通りの路地入口に並ぶ赤い提灯。
タイバンルン通りの路地入口に並ぶ赤い提灯。

昼の街を見て、次の旅へ

出発の日には、昼の街も見た。通りにはバイクが走り、店の並ぶ低い建物の後ろにガラス張りの高層ビルが伸びる。夜に照明をまとっていた街は、昼には建物の高さや距離が分かる景色になっていた。

川沿いへ出ると、旗の並ぶ向こうに対岸の建物が見えた。近くにはホテル・マジェスティックの曲線を描く外観もある。この辺りでも、昔からの街の姿と高いビルが、同じ視界に入ってくる。

その後、空港へ向かった。ラウンジで食事を取り、ホーチミンを離れて、次の旅先であるシェムリアップへ。

バイクの多さに圧倒され、美味しいベトナム料理を食べ、教会や西欧風の建物を見た。さらに、その向こうには高層ビルがあった。ホーチミンの印象は、そのどれか一つだけでは決まらない。教会の前にもバイクがあり、夜景の下にも、食事をした街が広がっている。その重なりが、僕の見たホーチミンだった。

低い建物の後ろにガラス張りの高層ビルが伸びる。
低い建物の後ろにガラス張りの高層ビルが伸びる。
昼の川沿い。旗の向こうに対岸が見える。
昼の川沿い。旗の向こうに対岸が見える。
川沿いで見たホテル・マジェスティックの外観。
川沿いで見たホテル・マジェスティックの外観。

ホーチミンで訪れた場所

本文に登場する場所の位置。写真の撮影地点を基にした目安で、移動経路は描いていない。

おすすめのレストランとバー

店名 おすすめの理由 お会計額
Vị Sài Gòn 美味しい料理を、野菜や麺と組み合わせて楽しめる。 837,000 VND
参考:約5,180円
Vietnam House 生春巻きと香草の浮かぶ汁麺が美味しい。 856,688 VND
参考:約5,300円
Sheraton WINEBAR 高い場所からホーチミンの夜景を眺めながら、一杯を楽しめる。 317,625 VND
参考:約1,970円

上記は旅行当時の伝票に記載された会計額。シェラトンはマルガリータ1杯にサービス料5%とVAT10%を含む。

今回泊まったホテル

Amanaki Saigon Boutique Hotelに3泊。宿泊総額は4,449,330 VND(参考:約27,530円)。ホーチミン中心部のホートゥンマウ通りにあるホテルを、今回の滞在の拠点にした。

参考資料

  1. ベトナム国家観光局:10 Tourist spots not to be missed in Ho Chi Minh City(中央郵便局の背景)
  2. サイゴン大司教区:Giáo xứ Tân Định: xưa và nay(タンディン教会の落成・拡張・修繕)
  3. 統一会堂公式:History of Independence Palace(建物の再建と1975年4月30日の出来事)
  4. 米国務省歴史局:Ending the Vietnam War, 1969–1973(パリ和平協定、米国の撤退と1975年の終戦)
  5. サイゴン大司教区:Saigon Archdiocese: Brief History(ザーディンの信徒と1844年の教会組織成立)
  6. サイゴン大聖堂公式:GIỚI THIỆU/LỊCH SỬ PHÁT TRIỂN(1877〜1880年の建設、建設費・建材と鐘楼の増築)
  7. Exchange-Rates.org:VND / JPY 2025年履歴(2025年1月31日)

円概算は2025年1月31日の1 VND=0.006188円を基準に10円単位で丸めた参考値。会計額は旅行当時の実績で、現在の料金とは異なる。

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