キプロス旅行記・前編|ニコシアに行くはずが、海辺の街に着いた

ヨーロッパ

「ニコシアに行く?」と確かめたバスは、ニコシアに行かなかった。

ラルナカで乗る前に、運転手に行き先を聞いた。そうだという返事をもらったので乗ったのに、着いたのはアヤナパ。目指していた内陸の首都とは違う、海辺の街だった。

けれど、その先で待っていたのは、美しい海と、海を背に立つ石の像たちだった。彫刻公園を歩くと、像の間から青い水面がのぞく。ニコシアへまっすぐ着いていたら、この景色を見ることはなかった。予定から外れるのも、悪くない。道草のよさを、こんな形であらためて実感するとは思わなかった。

予定外に訪れたアヤナパの彫刻公園。像の向こうに海が見える。
予定外に訪れたアヤナパの彫刻公園。像の向こうに海が見える。

まずは、海風の吹く街へ

その前日、僕はラルナカの空港に着いた。キプロスを選んだのは、この島の地理と歴史に興味があったからだ。地中海の東にあり、トルコや中東にも近い。地図で位置を見るだけでも、ヨーロッパという地域名だけでは捉えきれない場所に思えた。

旅の拠点にしたラルナカは、島の南東岸にある港町だ。ヤシの木が並ぶ海沿いの遊歩道があり、そのすぐ近くに教会や城塞がある。海辺でのんびりする時間と、古い街を歩く時間を、ひと続きに楽しめる街だった。

空港から市内へはバスで移動した。窓の向こうには、白っぽく広がる塩湖が見える。建物が並ぶ街に入る前から、乾いた土地と強い日差しが目に入ってきた。

空港からラルナカ市内へ向かうバスの窓から見た塩湖。
空港からラルナカ市内へ向かうバスの窓から見た塩湖。

街に出て訪れた聖ラザロ教会は、淡い石の色をした建物だった。キリストによって生き返ったラザロが、その後キプロスへ渡り、古代のキティオンで司教を務めたという伝承に結びつく教会だ。現在の教会の起源は9世紀にさかのぼる。聖書の物語と、いま自分が歩いている海辺の街が、こんなところでつながっている。

鐘楼を見上げ、脇へ回ると、石のアーチが連なる回廊がある。日差しを受けた広場から、アーチの下の陰へ。建物の大きさよりも、淡い石にできる陰影が目に残った。遠い時代の話を知ったあとで見ると、この街に教会があることが、さっきより少し具体的に感じられる。

ラルナカの聖ラザロ教会。
ラルナカの聖ラザロ教会。
教会の脇に続く石造りの回廊。
教会の脇に続く石造りの回廊。

海へ向かうと、今度は城塞が現れた。港を守るための中世の砦を前身とし、現在見られる姿にはオスマン時代の改築が重なっている。イギリス統治下では牢獄として使われた時期もあったという。海辺の小さな城にも、島を治めた人々の交代が刻まれている。

石壁のすぐ向こうが海で、中には大砲が並んでいた。海だけを見れば、気持ちのいい眺めだ。それでも大砲のそばに立つと、この海が人を迎える入口であると同時に、守らなければならない入口でもあったことが分かる。教会から城塞、その先の海辺まで、歩く距離は短いのに、考えることはずいぶん変わる。

ラルナカ城塞の大砲と、石壁の向こうの地中海。
ラルナカ城塞の大砲と、石壁の向こうの地中海。

海沿いにはヤシの木が立ち、ベンチに座る人たちがいた。風が気持ちいい。夕食に入った食堂、ARAXOVOLIでビールを飲むと、これがうまかった。

料理を運んできた店の人に、どんな料理なのか聞いてみる。魚を使った一皿に、豆を添えた揚げ物、それから米と一緒に盛られた煮込み。見慣れない料理も、魚、豆、肉と中身をたどっていくと、少し身近になる。キプロスの料理を知るなら、こうして目の前の皿から聞いてみるのがいい。海辺を歩いたあとの食卓には、まだ知らないものを食べる楽しさもあった。

初日の夕食。ARAXOVOLIの店先で飲んだビール。
初日の夕食。ARAXOVOLIの店先で飲んだビール。
ARAXOVOLIで食べた小魚の一皿。
ARAXOVOLIで食べた小魚の一皿。

行き先を聞いたのに、違う街へ

翌朝は、飲食店のThe Breweryでヨーグルトとクロワッサン、オレンジジュースの朝食を取った。そのあと、ニコシアへ向かうバスに乗る。冒頭の行き違いが起きたのは、ここからだ。

運転手に確かめて乗ったのだから、ニコシアに着くつもりでいた。ところが到着したのはアヤナパ。どうしてそうなったのかはともかく、首都へ行く前に海沿いの街を歩くことになった。

訪れた彫刻公園には、石の像が点在していた。人の姿をしたものもあれば、いくつもの形を組み合わせたものもある。その間から青い海が見えた。

アヤナパの彫刻公園に点在する作品。
アヤナパの彫刻公園に点在する作品。

アヤナパは島の南東部にある海辺のリゾートだ。僕がこの街で過ごせたのは短い時間だったけれど、彫刻公園では、作品そのものと同じくらい、その向こうに広がる海に目が向いた。屋外に置かれた像は、空や海まで含めてひとつの景色になっている。

このまま海辺でもう少し過ごすのもよさそうだった。ただ、行きたかったニコシアはまだ先だ。ラルナカへ戻り、そこから再びバスに乗った。遠回りにはなったけれど、乗る前より、この島で見た景色が一つ増えていた。

街の途中に、境界がある

ようやく着いたニコシアは、島の内陸にある首都だ。旧市街にはヴェネツィア時代の城壁が残り、その内側に細い通りや古い建物が集まっている。海に沿って開けたラルナカとは違い、街の中へ入り込んでいくような歩き方になる。

レドラ通りを歩き、通り沿いの店、PIETOではキプロスのビール、KEOを飲んだ。店に入り、ひと息ついて、また歩く。その先にあるのが、街を南北に分ける境界だった。壁に掲げられた「PEACE」の文字が目に入る。街の外れへ出たわけではないのに、街を分ける線に行き着く。その近さが、まず印象に残った。

ニコシアの境界近くで見かけた「PEACE」の文字。
ニコシアの境界近くで見かけた「PEACE」の文字。

キプロスは1960年にイギリスから独立した。その後、ギリシャ系とトルコ系の住民の衝突が激しくなり、1964年には国連の平和維持軍が派遣された。1974年、ギリシャ軍事政権の支持を受けたクーデターに続いて、トルコ軍がトルコ系住民の保護を名目に侵攻する。以来、島の南北分断が続いている。

両側の間にあるのは、国連が維持する緩衝地帯だ。北側では1983年に独立が宣言されたが、国家として承認しているのはトルコだけ。単純に「隣の国へ行く」とも言い切れない境界が、首都の中を通っている。

僕もその境界を越え、北側を歩いた。街中にはトルコの旗があり、建物の間からミナレットが見える。ひとつの島の中にある線を、自分の足で通過する。地理と歴史に惹かれて来たけれど、ここではその複雑さが街の風景になっていた。

北側の街路に掲げられたトルコの旗。
北側の街路に掲げられたトルコの旗。

石のアーチが続く回廊を歩き、さらに街の奥へ進むと、大きな建物が現れた。尖ったアーチの入口と、細い二本のミナレット。セリミエ・モスクだ。

北側で歩いた、石造りのアーチが連なる回廊。
北側で歩いた、石造りのアーチが連なる回廊。

教会の天井の下に、青い絨毯

もともとはカトリックの聖ソフィア大聖堂で、オスマン帝国がニコシアを征服した1570年にモスクへ転用された建物だ。外から見ても、ゴシック様式の教会だった姿がよく分かる。

ゴシック様式の建物にミナレットが立つセリミエ・モスク。
ゴシック様式の建物にミナレットが立つセリミエ・モスク。

中に入ると、白い柱が高い天井へ伸びていた。天井では細い線が交差し、その下には青い絨毯が一面に敷かれている。窓から入る光も、青い床に落ちていた。

セリミエ・モスクの内部。高い天井と青い絨毯。
セリミエ・モスクの内部。高い天井と青い絨毯。

教会の形がこれだけ残ったまま、モスクとして使われている。これはこれでいいな、と思った。建物の形と今の使われ方を一緒に見られるのが面白かった。

目の前の建物がモスクになったのは16世紀で、島が現在のように南北に分かれたのは20世紀。どちらもこの街の歴史だけれど、同じ出来事ではない。ひとつずつ時代を分けて見ていくと、ニコシアの奥深さが少しずつ分かってくる。

建物の外へ出ると、石のアーチの向こうにも、細かな彫刻のある入口が見えた。光の当たる石と、その手前の陰が幾重にも重なっている。

ニコシア旧市街。石のアーチ越しに見る、彫刻で飾られた入口。
ニコシア旧市街。石のアーチ越しに見る、彫刻で飾られた入口。

周辺の通りでは、トルコの旗と、北側で掲げられている旗が並んでいた。古い建物を見上げていた目を街へ戻すと、現在の島のあり方も、同じ景色の中に見える。

ニコシア北側の街角に並ぶ二つの旗。
ニコシア北側の街角に並ぶ二つの旗。

海辺のバーで聞いた、ここに暮らす理由

ラルナカに戻ると、聖ラザロ教会の前にあるレストラン、ELIYIAで食事をした。教会を望む席でビールを飲み、焼いた肉料理を食べる。朝には想像していなかったアヤナパまで回り、ようやくラルナカに帰ってきた。

聖ラザロ教会を望むELIYIAでのビール。
聖ラザロ教会を望むELIYIAでのビール。
ELIYIAで食べた焼き物。
ELIYIAで食べた焼き物。

この旅では、ラルナカのバーで聞いた話も印象に残っている。そこで出会ったアレクセイは、ウラジオストク出身の韓国系ロシア人だった。ウクライナで戦争が始まり、徴兵されることを恐れてキプロスへ移り住んだのだという。

僕は以前、モスクワから遠い地域の人ほど徴兵されている、という話を耳にしたことがあった。あれは本当なのだろうか。彼の話だけで答えは出ないけれど、そうした不安から住む場所を変えた人が、目の前にいた。

僕が地理や歴史に興味を持って訪れた島は、彼にとっては暮らしを移す先だった。ウラジオストクからキプロスへ。バーで交わした話が、旅に来る前には考えていなかった二つの場所をつないだ。

おすすめのレストラン

店名特徴お会計
ARAXOVOLI小魚や煮込み、揚げ物などの料理をビールと一緒に食べた食堂。初日の夕食に利用。€22.00(約3,770円)
The Breweryヨーグルトやクロワッサンで朝食を取った店。オレンジジュースも注文。€19.20(約3,290円)
ELIYIA RESTAURANT聖ラザロ教会の前で、シェフタリアなどの肉料理とビールを楽しめるレストラン。€14.50(約2,490円)

宿泊したホテル

宿名泊数総額
9 Muses Hotel3泊€273.94(約46,990円)

ラルナカでは9 Muses Hotelを利用。途中でパフォスに泊まり、ラルナカへ戻った際にも同じホテルに泊まった。

広告
Booking.comで9 Muses Hotelを見る

参考日本円は2025年7月31日のECB参考レート、1ユーロ=171.52円で換算(10円単位)。実際の決済レートとは異なります。出典:EU官報。

キプロス旅行記・後編を読む →

コメント

タイトルとURLをコピーしました