パラッツォ・アドリアーノの広場に立った。石畳の向こうに教会があり、広場には八角形の噴水がある。大好きな『ニュー・シネマ・パラダイス』が撮影された場所だ。
『ゴッドファーザー』と『ニュー・シネマ・パラダイス』。大好きな二つの映画に関わる場所を自分の足で巡れたことが幸せだった。
今回のシチリア旅行ではパレルモを拠点に街を歩き、レンタカーでコルレオーネとパラッツォ・アドリアーノへ向かった。映画の舞台を訪ねる道中には畑が広がり、パレルモへ戻れば市場や教会、食事の時間が続く。六月のシチリアを旅した。

- パレルモ: 市場と街角に重なるシチリアの歴史
- マッシモ劇場: 『ゴッドファーザー PART III』を思う夜
- コルレオーネ: 映画の名前から村の歴史へ
- パラッツォ・アドリアーノ: 『ニュー・シネマ・パラダイス』の広場へ
- ノルマン王宮: 王の部屋から今も続く政治の場へ
- パラティーナ礼拝堂: 金色のモザイクと木の天井が出会う場所
- I Segreti del Chiostro: 修道女たちの菓子を中庭で味わう
- モンデッロ: 石の街から青緑の海へ
- パレルモ: 映画をたどった旅の最後の朝
- パレルモのレストラン: 僕のおすすめポイント
- Maxim: パレルモで三泊した宿
- シチリアのレンタカー: パレルモから内陸の村へ
- シチリア: この旅で訪ねた場所と車のルート
- 参考資料: 歴史と文化を確かめる
パレルモ: 市場と街角に重なるシチリアの歴史
シチリアに着いた日はパレルモへ向かった。空港から市街へ入る前の車窓には山が見えた。街に入ると建物が道の両側に続き、食べ物を売る店や市場が現れる。
軽く食事をしてからカーポ市場を歩いた。果物や野菜が積まれ、店先には赤や白の日よけが張り出している。細い通りに人が行き交い、食材を売る店と食事のできる店が並んでいた。


この街の歴史をたどるとフェニキア人の交易拠点に行き着く。その後はローマやビザンティンの支配を経てイスラーム勢力の都市となり、十一世紀にはノルマン人が入った。地中海に開かれた港の街には海の向こうから人が訪れ、異なる文化が積み重なってきた。
通りを歩けば教会があり、曲がった先にはまた別の表情の広場がある。歴史を知って振り返ると街並みの違いにも目が向く。建物を同じ時代のものとして眺めるより、誰がどんな街をつくろうとしたのか考えながら歩くほうが面白い。
クアットロ・カンティでは交差点の四隅が丸く切り取られ、それぞれの壁に彫刻や柱が重なっていた。十七世紀初めに整えられた四つの正面には季節の像、スペイン王、街を守る聖女が上下に並ぶ。アラブとノルマンの歴史で知られるパレルモにはスペインの支配を伝える街角もある。
ここには「太陽の劇場」という呼び名もある。一日のうちどこかの正面に光が当たることに由来するそうだ。石の色や彫刻の陰影は光によって変わる。交差点そのものを劇場に見立てた名前を知ると、行き交う人のいる街角まで舞台のように思えてくる。すぐ近くのプレトーリア噴水にも彫像がいくつも並んでいた。路地を歩き、また広場へ出る。そんなふうにパレルモを歩いた。


マッシモ劇場: 『ゴッドファーザー PART III』を思う夜
夕食はTrattoria Del Massimoへ行った。劇場の近くにある店で牡蠣とパスタ、ティラミスを食べた。昼は市場で食べ歩き、夜は店のテーブルで食事をする。到着した日からパレルモの食を楽しんだ。


夜に歩いた路地にはテーブルが並び、頭上の明かりが建物の間に連なっていた。マッシモ劇場は青紫色に照らされている。正面の階段と柱が暗い空に浮かんでいた。

この階段は『ゴッドファーザー PART III』の終盤に登場する。劇場ではオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』が上演され、その外の階段で物語が大きく動く。映画の場面も夜だった。好きな映画で見た階段を夜の街の中で眺められることがうれしい。
劇場そのものにも長い物語がある。二十二年にわたる建設を経て一八九七年に開場し、最初の演目はヴェルディの『ファルスタッフ』だった。修復のため一九七四年に閉まってから再開したのは一九九七年。二十三年もの間が空いている。
映画から関心を持った場所でも、調べるほど街の人にとっての時間が見えてくる。僕には映画の階段として忘れられない場所であり、パレルモには公演が戻る日を待った人たちもいた。そう考えると照明に照らされた建物の見え方にも奥行きが生まれる。
パレルモで訪ねた店は同じ旅のグルメ記事にもまとめた。料理や店の詳しい紹介はそちらで読める。
コルレオーネ: 映画の名前から村の歴史へ
翌日はレンタカーを借り、運転して内陸へ向かった。パレルモからコルレオーネへ行き、その後パラッツォ・アドリアーノへ。二つの村を巡る一日だ。
市街地を離れると車窓には畑が広がった。なだらかな丘の斜面に黄土色と緑の区画が続き、道路脇の畑には丸い牧草ロールが点々と置かれている。建物に囲まれていた前日の街歩きから、見える景色が大きく変わった。


道端の標識にCORLEONEの文字が現れる。『ゴッドファーザー』が好きな僕にとって、その名前につながる村を訪ねることも今回の旅の目的だった。

コルレオーネは物語のコルレオーネ家と結びついた地名だ。映画に登場するシチリアの場面にはサヴォカなど別の町で撮影されたものがある。ここへ来たのは名前の背景にある村を歩いてみたかったからだ。
村では古い写真や民具が並ぶ展示室に入った。白い壁に道具が掛けられ、石の壁やアーチのある部屋にも生活の品々が置かれている。別の部屋の窓からは瓦屋根が連なり、その向こうに岩山が見えた。


コルレオーネにはアラブ支配期やノルマン時代へと続く歴史がある。村の景観を特徴づけるのはソプラーノとソッターノと呼ばれる二つの岩山だ。窓から見た屋根と岩の近さにも、こうした土地の成り立ちが表れている。映画の名前から訪ねた村に石の建物や暮らしの道具がある。その一つひとつが村の長い時間につながっている。
一方で現実のマフィアの歴史も避けて通れない。ルチアーノ・リッジョやサルヴァトーレ・リイナらに連なる勢力は「コルレオネージ」と呼ばれた。その背景をたどると大土地所有のもとで土地の管理や警備を担った人々と暴力の結びつきが見えてくる。
同じ村にはマフィアに抗した人の歴史もある。農民の権利のために活動した労働組合指導者プラチド・リッツォットは一九四八年に殺された。現在のコルレオーネには反マフィアの資料を伝えるCIDMAもある。映画で親しんだ地名は加害の歴史と被害に遭った人の人生の両方を抱えている。
大好きな作品への思い入れは変わらない。ただ村の歴史を知った今はマフィアという言葉だけでコルレオーネを語りたくないと思う。展示室に残る生活の品々や窓から見た瓦屋根も、この村を覚えておくための大切な景色だ。
外へ出ると石造りの建物が道沿いに続いていた。教会の前を通り、坂のある通りを歩く。その後は再び車に乗ってパラッツォ・アドリアーノへ向かった。

資料: コルレオーネ市:町の歴史 / CIDMA:コルレオーネと反マフィア資料館の歴史 / イタリア大統領府:プラチド・リッツォットの顕彰記録 / イタリア大統領府アーカイブ:コルレオーネとリッツォット / シチリア州公式観光:サヴォカと映画撮影
パラッツォ・アドリアーノ: 『ニュー・シネマ・パラダイス』の広場へ
コルレオーネを出て次に向かったのがパラッツォ・アドリアーノだ。車を降りてウンベルト一世広場へ出ると、広い石畳のまわりに教会や建物が並んでいた。
『ニュー・シネマ・パラダイス』はこの村で撮影された。ジョゼッペ・トルナトーレ監督が描いた映画の村には、実際に歩ける広場がある。中央の八角形の噴水、教会の階段、建物の間に延びる道。画面の中の場所を自分の足で歩いた。

この村には十五世紀に移り住んだアルバニア系の人々の歴史があり、ギリシャ・ビザンティンの宗教的な伝統も受け継がれてきた。パレルモから山あいへ走ってきた先にも海を越えた文化が根づいている。シチリアの文化の重なりは大きな街だけにあるわけではない。
なぜこの村が映画の舞台になったのか。町の観光案内は八角形の噴水の存在と広場の魅力をロケ地に選ばれた理由として挙げている。石造りの家やアーチ、石畳が残る街並みも町の特徴だ。噴水を中心に教会と家々が広場を囲む。映画の村を描くための場所として、このまとまりのある景色が生かされたのだろう。
噴水は映画のためにつくられたものではない。十七世紀から住民に水を供給し、人が集まる場所でもあったという。映画の印象が強い広場の中心に撮影よりずっと前から暮らしの中心だったものがある。そのつながりが面白い。
映画に関する展示も見に行った。壁には写真が並び、自転車や映写機が展示されている。映写機はリールや本体が大きく、広場の風景とはまた違う形で映画につながるものが目の前にあった。


その後も広場を歩いた。教会の階段のそばから向かいを見ると、白い壁の教会と鐘楼、その間に八角形の噴水が見える。広場には車も停まっている。映画に使われた場所は今も村の中にある。
映画の広場が今も人の暮らす場所であることがうれしい。作品の世界を訪ねてきた僕の横で、この場所には日常が続いている。映画を好きにならなければ、この広場まで車を走らせることもなかったかもしれない。
好きな映画のロケ地を巡れて幸せだった。今回の旅で一番印象に残ったことを言うなら、やはりそれになる。パレルモから自分で運転してここまで来ることができた。
二つの村を巡ってパレルモへ戻った。夜のマッシモ劇場は暖かな色に照らされていた。内陸の広場を歩いた一日の終わりに、もう一つの好きな映画につながる階段が目の前にある。

資料: パレルモ都市圏公式観光:Museo Nuovo Cinema Paradiso / シチリア州公式観光:パラッツォ・アドリアーノ / パラッツォ・アドリアーノ町観光:八角形の噴水と撮影地選定 / パラッツォ・アドリアーノ町観光:町と映画
ノルマン王宮: 王の部屋から今も続く政治の場へ
翌朝はノルマン王宮へ向かった。大きな建物の外観を見てから回廊に囲まれた中庭へ入る。前日の村の広場とはまた違う大きさの空間が広がっていた。

ここはノルマン王たちの宮殿として知られるパレルモの王宮だ。西欧のノルマン王国のもとでビザンティンやイスラームに連なる技術と表現が交わり、宮殿や礼拝堂に残った。この王宮もアラブ・ノルマン建築群として世界遺産に登録されている。
ルッジェーロの間では壁と天井に動物や植物のモザイクが広がっていた。向かい合う動物や木々には王宮らしい華やかさがある。部屋の名はルッジェーロ二世にちなむが、モザイクは息子のグリエルモ一世の時代のものとされる。名前だけでは一人の王の仕事に思える場所にも次の世代の手が加わっている。

もう一つ印象に残るのがエルコレの間だ。天井に神話の場面が描かれた大きな部屋には議席が並ぶ。この部屋は一九四七年からシチリア州議会の議場として使われてきた。王の宮殿を歩いていると現在の政治の場にも行き着く。

歴史的な建物が今も使われていると知ると旅で見る景色が過去とつながる。王がいた時代の装飾を残す建物の中で、今のシチリアのことが話し合われている。その時間の重なりもこの王宮の面白さだと思う。
パラティーナ礼拝堂: 金色のモザイクと木の天井が出会う場所
王宮の中にあるパラティーナ礼拝堂へ入った。壁とアーチには金色のモザイクが広がる。祭壇の奥にはキリストの姿があり、頭上には細かな装飾のある天井が続く。
十二世紀のノルマン王ルッジェーロ二世のもとで造られた王室礼拝堂だ。キリスト教の聖堂にビザンティンのモザイクがあり、その上にはイスラーム美術に連なる木の天井がある。蜂の巣や鍾乳石のように段を重ねた装飾はムカルナスと呼ばれる。

さらに天井の絵には音楽や踊り、狩りなど人間の暮らしに関わる場面が描かれているという。祈りの場に王宮の楽しみを思わせる表現もある。金色の人物像に目を向けた後で天井を見ると、同じ空間の中に異なる表現が収まっていることが分かる。

文化が混ざるという言葉だけではなかなか形を思い浮かべられない。ここではモザイクと天井を見比べるだけで、その言葉が具体的なものになる。歴史を知って写真を見返す今も、一つの文化だけで説明しきれないところにシチリアらしさを感じる。
もちろん美しい建物だけで当時の人々の関係のすべてが分かるわけではない。それでも異なる技術を持つ人たちが同じ礼拝堂の装飾に関わったという事実は、この旅で覚えておきたいと思った。
資料: UNESCO:パレルモのアラブ・ノルマン建築群 / パレルモ市公式観光:パラティーナ礼拝堂 / フェデリコ二世財団:パラティーナ礼拝堂
I Segreti del Chiostro: 修道女たちの菓子を中庭で味わう
王宮を出て市内を歩き、昼食の後はサンタ・カテリーナ修道院にある菓子店I Segreti del Chiostro(イ・セグレティ・デル・キオストロ)へ寄った。廊下の先に売り場があり、ガラスのケースに菓子が並んでいる。
この修道院では一三一一年から二〇一四年までドミニコ会の修道女たちが暮らしていた。かつて閉ざされていた空間の一部が博物館として一般に開かれたのは二〇一七年のことだ。長い歴史に比べると、僕たちが中へ入れるようになってからの時間はまだ短い。
店で受け継いでいるのはパレルモの二十一の修道院に伝わる菓子のレシピだ。修道女たちは菓子をつくって販売し、外の人との受け渡しには回転式の窓を使ったという。顔を合わせず品物を渡せる仕組みの向こうに、菓子を通した外の世界とのつながりがあった。
I Segreti del Chiostroという店名は「回廊の秘密」という意味になる。口伝で受け継がれたレシピを今は訪れた人が味わえる。販売の収益は建物の修復や慈善活動などにも役立てられている。菓子を選ぶ時間が修道院の歴史を残すことにもつながっている。
選んだ菓子は中庭を見ながら食べた。回廊に囲まれた庭には緑があり、壁の向こうにドームが見える。道を歩いているときとは違い、ここでは一か所に座って過ごした。

閉ざされた修道院の中で守られてきた味を、こうして旅の途中に食べられるのが面白い。歴史は建物の説明を読むだけで触れるものでもないのだと思う。中庭で菓子を食べた時間にも修道女たちの仕事の続きがある。
モンデッロ: 石の街から青緑の海へ
午後はバスでモンデッロへ向かった。海岸にはパラソルが並び、砂浜から浅い海へ人が入っている。海の向こうには大きな岩山が見えた。街中の石の建物や礼拝堂の金色から、今度は青緑の海へ。パレルモを拠点にした旅の中で、ここまで景色が変わる。

食事の後は夜の街を歩いた。大聖堂は黄色い光に照らされ、通りの先には灯りが連なっていた。

パレルモ: 映画をたどった旅の最後の朝
帰る朝はマッシモ劇場の前で飲み物と菓子を取った。内陸の村を巡り、王宮や海辺を歩いてからまたここへ戻ってきた。
パレルモの市場と路地を歩き、レンタカーで内陸の村へ向かい、礼拝堂と海辺を訪ねた。大好きな映画をたどる旅には畑を抜ける道も中庭で食べた菓子も一緒に残った。
映画をきっかけに訪ねた場所で、その土地の歴史にも出会った。作品を思い出すと旅した景色が浮かび、シチリアを思い返すと好きな映画につながる。そんな旅になった。劇場の前を離れて空港へ向かった。
パレルモのレストラン: 僕のおすすめポイント
| 店名 | おすすめポイント | お会計額・参考円 |
|---|---|---|
| I Segreti del Chiostro | 街歩きの合間に修道院の中庭でひと息つきたいときに。受け継がれたシチリア菓子を選ぶ楽しみもある。 | €8.50/約1,460円 |
| Trattoria Del Massimo | 劇場周辺で魚介やシチリア料理を楽しみたい夜に。僕が食べた牡蠣やイワシのパスタ、食後のティラミスもおすすめだ。 | €58.30/約10,020円 |
| A’Cuncuma | 旅の食事をゆっくり楽しみたい夜に。僕は魚料理が特に気に入り、盛り付けにも楽しみがあった。 | €80/約13,760円 |
| Enoteca Brillo | シチリアのワインを少しずつ試したいときに。銘柄に迷ったら店員に相談しながら選べる。 | €17/約2,920円 |
参考円は2024年6月28日のECB参考レート(€1=171.94円)で換算。
料理や店の詳しい紹介は同じ旅のパレルモグルメ記事へ。
Maxim: パレルモで三泊した宿
パレルモでの拠点はMaxim。マッシモ劇場に近いマリアーノ・スタービレ通りにある。三泊とも同じ宿に泊まり、市内を歩く日も内陸の村へ車で出かける日もここを拠点にした。
| 宿名 | 泊数 | 宿泊総額 |
|---|---|---|
| Maxim | 3泊 | €309 約53,130円 宿泊費€297+宿泊税€12 |
参考円は2024年6月28日のECB参考レート(€1=171.94円)で換算。
シチリアのレンタカー: パレルモから内陸の村へ
この旅ではレンタカーを運転し、パレルモからコルレオーネ、パラッツォ・アドリアーノの順に巡った。二つの村を訪ねてパレルモへ戻る日帰りの移動だった。
| 会社名 | 利用区間 | 利用日数 | 総額 |
|---|---|---|---|
| Europcar | パレルモ→コルレオーネ→パラッツォ・アドリアーノ→パレルモ | 1日 | €90・参考約15,470円 |
シチリア: この旅で訪ねた場所と車のルート
地図の読み込み中。下の地点名からGoogle Mapsも開けます。
訪問順はパレルモ→コルレオーネ→パラッツォ・アドリアーノ。道路線は写真の位置情報と訪問順を基にした推定ルート。緑は往路、茶は帰路で、実走GPS記録ではない。
参考資料: 歴史と文化を確かめる
- マッシモ劇場財団:『ゴッドファーザー PART III』の撮影について
- パレルモ都市圏公式観光:Museo Nuovo Cinema Paradiso
- シチリア州公式観光:パラッツォ・アドリアーノ
- UNESCO:パレルモのアラブ・ノルマン建築群
- パレルモ市公式観光:パラティーナ礼拝堂
- イタリア政府観光:パレルモの歴史
- パレルモ市:クアットロ・カンティ
- マッシモ劇場財団:劇場の歴史
- コルレオーネ市:町の歴史
- CIDMA:コルレオーネと反マフィア資料館の歴史
- イタリア大統領府:プラチド・リッツォットの顕彰記録
- イタリア大統領府アーカイブ:コルレオーネとリッツォット
- シチリア州公式観光:サヴォカと映画撮影
- パラッツォ・アドリアーノ町観光:八角形の噴水と撮影地選定
- パラッツォ・アドリアーノ町観光:町と映画
- フェデリコ二世財団:王宮の各室
- フェデリコ二世財団:パラティーナ礼拝堂
- サンタ・カテリーナ修道院公式
- I Segreti del Chiostro公式:修道院の菓子の継承
- Maxim公式:宿泊施設と所在地
- EU官報:2024年6月28日のユーロ参考為替レート


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