海辺には古代の劇場が、山間には祈りの続く教会があった。
クリオンの石の客席に立つと、舞台の向こうに地中海が広がっていた。二千年以上前に造られた劇場は、修復を経て、いまも公演に使われている。翌日、トロードスの山へ入ると、今度は何世紀にもわたって描き継がれた壁画が、教会の内側を覆っていた。海辺と山の奥に、それぞれ違う時代のキプロスが残っている。
歴史に惹かれて来た島を、今度は車で巡る。ラルナカから海沿いを西へ走り、古代の都だったパフォスへ。そこから山道をたどると、修道院や小さな教会が点在していた。遺跡の床に残る神話のモザイクも、少年に招かれて近づいた教会の祭壇も、車を降り、自分の足で歩いた先にあった。
車で西へ、塩湖のほとりから
ラルナカで車を借り、まずは塩湖の周辺へ向かった。空港からのバスの窓で見ていた景色を、今度は車で訪ねる。白っぽく乾いた湖面の向こうに、ハラ・スルタン・モスクのドームとミナレットが見えた。

湖畔のモスクを訪ねたあと、海沿いを西へ。ドライブの途中ではイギリス軍の基地も見かけた。キプロスには、独立した1960年以降もイギリスの主権下に残った基地領域がある。
前日に歩いたニコシアには南北の境界があり、こちらにはイギリス軍の基地がある。島が分かれている、という一言だけでは説明しきれない。車で移動しているだけでも、この場所の地政学的な重要さを感じた。
海沿いから、トロードスの山へ
線は道路に沿った参考ルートです。往路は高速道路、帰路はニコシア方面を経由。細部は推奨ルートを参考に補完しており、実際の走行記録ではありません。ピンを押すと地名が表示されます。
| 区間 | 訪問先 |
|---|---|
| 海沿いを西へ | ラルナカ → 塩湖・ハラ・スルタン・モスク → クリオン → ペトラ・トゥ・ロミウ → パフォス |
| 山間からラルナカへ | パフォス → 山間の修道院 → キッコス → スロニ → 聖ニコラス教会 → パナギア・トゥ・アラカ教会 → ラルナカ |
この劇場には、海まで付いてくる
クリオン遺跡で客席に立つと、石の段が舞台へ向かって弧を描き、その向こうに地中海が広がっていた。客席から海まで、遮るものがほとんどない。ここに腰を下ろし、舞台が始まるのを待ってみたくなった。
クリオンは、古代キプロスで栄えた都市王国の一つだった。劇場は紀元前2世紀に建てられ、ローマ時代に拡張されたものだ。今の姿には修復も加わっていて、公演にも使われている。僕が訪れたときも、舞台には赤い装置が置かれていた。古代の遺跡の中に、今の舞台がある。
石の客席だけを見ていると遠い昔の建物に思えるのに、舞台に目を戻すと、ここに観客が座る様子を想像できる。海が見えるだけでも十分ぜいたくなのに、そこで芝居や音楽まで楽しめる。遺跡を見に来て、ここで公演を見る時間にも惹かれてしまった。

劇場の周囲には、住居や浴場などの跡も残っていた。床のモザイクを見て、石積みの間を歩き、柱の並ぶ場所へ出る。海を見下ろすこの場所に、劇場だけでなく街があった。

ペトラ・トゥ・ロミウ、女神の生まれた海へ
クリオンからさらに西へ進み、ペトラ・トゥ・ロミウの海岸へ向かった。淡い色の岩が海から突き出し、岸に近いところは水の色が薄く、沖へ行くほど青が濃くなる。道沿いの見晴らしのいい場所から、岩と海岸を眺めた。
ここは、愛と美の女神アフロディーテが海の泡から生まれたと伝えられる場所だ。キプロスと深く結びつくギリシャ神話の女神には、この海岸を誕生の地とする伝承が残っている。
目の前には、大きな岩と、その周りに広がる青い海がある。女神が生まれた場所と聞くと、岩の輪郭や水の色にも、つい目を凝らしたくなる。愛と美の女神に、この海を重ねたくなる気持ちは分かる気がした。さっきまでは古代の劇場に残る石を見ていたのに、ここでは海そのものが、昔から語られてきた物語の舞台になっていた。

海を望む場所には、金属の枠も立っていた。枠越しに見ると、岩のある海岸とはまた違って、青い水面と水平線に目が向く。

パフォス、港と遺跡のある街
パフォスに着いた。島の西岸にあるこの街は、古代にはキプロスの都でもあった。いま僕が歩いているのは、港と遺跡が集まる海沿いのカト・パフォス。食事をする場所のすぐ先に考古学公園があり、港には城が立っている。歴史を見に行くにも、まずは海辺を歩けばいい。その距離感がいいなと思った。
港のシーフードレストラン、Theo’sでエビ料理を食べた。皿には大きなエビ。ピタとビールも注文した。

港の水は透き通っていて、魚の姿が見える。そして、係留されたボートの近くには亀もいた。海の中をのぞいていて出会えたのがうれしい。ラッキーだった。

パフォス考古学公園、モザイクに残る暮らし
港を離れ、パフォスの考古学公園へ向かった。入口を抜けると、低い石壁が広がり、その間にモザイクを覆う建物が立っている。屋根の下では、床いっぱいに描かれた人物や模様が見られた。

この公園で目を引くのは、ローマ時代の邸宅を飾った床のモザイクだ。ディオニュソスの家やテセウスの家などと呼ばれる邸宅群に、ギリシャ神話の場面が描かれている。壁に掛ける絵ではなく、人が暮らす建物の床に、これだけ手の込んだ絵がある。
大きな絵として見ると人物や動きが分かり、近くを見ると、それが小さな石の集まりだと分かる。細かな模様を追っていると、当時ここを飾ろうとした人の手間まで気になってくる。柱や壁が低く残る場所では建物全体を想像しづらいけれど、この床があると、そこにあった暮らしが少し近づく。
公園の中を歩くと、白い灯台が見えてきた。低く残る古代の石壁の向こうに、すっと立つ白い塔。劇場の客席もあり、海沿いの広い敷地に時代の違うものが並んでいる。

「王家の墓」の階段を下りる
考古学公園をあとにして、次は「王家の墓」へ向かった。ここでは、地面より低いところに柱廊のある空間が広がっていた。階段を下りると、岩を掘って造られた墓の大きさがよく分かる。
名前は王家の墓だけれど、実際には高官や貴族が葬られた場所だという。柱に囲まれた中庭のような造りを見ていると、墓というより地下にもう一つ建物があるようだった。

夕暮れの港を歩く
夕食は、パフォスの飲食店JEPPETTOで魚料理を食べた。そのあと、港の城のほうへ歩く。昼には青かった海と空が、夕方の光の中で違う色になっていた。

海辺に置かれたフレーム越しにも、海と空が見える。城の石壁を眺め、港の夕景を撮って、この日はパフォスに泊まった。

山道の先に、色鮮やかな回廊
翌朝はパフォスを出て、トロードスの山へ向かった。海沿いの遺跡に続いて、山に残る修道院や壁画教会も見てみたかった。この島の歴史に惹かれて来たのだから、古代の街だけでなく、いまも祈りの場として続いている建物も訪ねたい。
海沿いとは景色が変わり、道は起伏のある土地へ続いていく。途中で景色を眺め、二つの修道院に立ち寄った。最初の修道院から次の修道院まではほど近い。けれど、そこからキッコスまでは、また山道を走ることになる。
二つ目に立ち寄ったのは、クリソロギアティッサ修道院。石のアーチをくぐると、鉢植えの並ぶ中庭が見えた。回廊には赤い花が咲き、淡い石の建物に色を添えている。


二つ目の修道院を訪れてから、キッコスに着くまでは約一時間。途中で景色を撮ったところから数えると、二つの寄り道を挟んで一時間半余りが過ぎていた。海辺の街で教会から城塞へ歩いたときとは違い、山では一つの場所へ行くにも、それだけの時間がある。車を降りてようやく、次の建物を見上げる。

キッコス修道院の創建は11世紀末にさかのぼる。聖母マリアのイコンで知られる修道院で、その像は聖ルカが描いたものと伝えられている。一方、建物は火災と再建を重ねてきたため、目の前のすべてが創建当時の姿というわけではない。
アーチ越しに石造りの中庭と鐘楼が見えた。回廊には色鮮やかな宗教画やモザイクが続き、入口も金色を交えた装飾で覆われている。古い修道院という言葉から想像する以上に、色が強く、絵の世界が近い。少年の頃に遊んだテレビゲームの世界に入り込んだようだった。


回廊の上階に上がると、アーチの向こうに中庭が見えた。建物を外から眺めるのとは違い、歩くたびに柱や手すりが景色を区切っていく。鮮やかな装飾を見たあとで中庭へ目を向けると、石と陰の落ち着いた色がある。絵だけを追うより、こうして建物の中を歩くほうが面白かった。

キッコスの回廊を見たあと、近くのスロニへ向かった。こちらは長く走り直す区間ではなく、キッコスで最後に回廊を眺めてから二十分ほどで、山上の礼拝堂を見ていた。
ここはキッコス修道院と結びつく祈りの場所で、干ばつの際に聖母のイコンを運び、雨を願ったことが伝えられている。修道院の建物から、空の開けた山上へ。近い場所でも、礼拝堂の佇まいはずいぶん違う。
柱の並ぶ道の先に、その礼拝堂があった。左右には木々が立ち、その上には青い空。天空の城のようだと感じたのは、この眺めだった。キッコスでは建物の内側へ引き込まれたけれど、ここではまず、建物と空の組み合わせに目が向く。

礼拝堂の中に入ると、頭上のドームまで宗教画で埋め尽くされていた。外の青空から、金色と赤を多く使った内部へ。遠くからは小さく見えた建物なのに、中では見上げる先まで絵が続く。外で見たすっきりした姿との違いが面白く、頭上の細かな描写を追った。

少年に招かれ、祭壇の奥へ
スロニの礼拝堂をあとにして、再び車で山道へ。次の聖ニコラス教会を訪れたのは、それからおよそ一時間後だった。キッコスとスロニのように隣り合っているわけではない。地図では同じ山間に点在する教会も、実際に巡ると、一つひとつの間に道を走る時間がある。
聖ニコラス教会は、キッコスとはずいぶん違う姿だった。正式名はアギオス・ニコラオス・ティス・ステギ。大きく傾斜した屋根の下に、石造りの教会が収まっている。

建物は11世紀にさかのぼり、内部には11世紀から17世紀にかけての壁画が残る。トロードス地方の壁画教会群の一つで、世界遺産にも登録されている。外を覆う屋根は、建物を風雨から守るためのものだ。
大きな屋根に包まれた外観は、キッコスやスロニの華やかさとは対照的だ。それでも内側には、何世紀にもわたって描かれた壁画が残っている。外から見た印象だけでは分からないものがある。その教会の中で、僕は祭壇のほうをじっと見ていた。すると、地元の少年が奥へ招いてくれた。
招かれて、奥の祭壇のあたりまで進んだ。僕からは、前にある学校の生徒なのかと尋ねた。少年からは、どこから来たのかと聞かれる。
好奇心旺盛で、まっすぐな目をした少年だった。古い教会を見に来た僕に、向こうから興味を持ってくれた。その短いやり取りが、この教会のいい思い出になっている。

少年と別れ、また車に乗った。聖ニコラス教会の奥を見てから、次のパナギア・トゥ・アラカ教会を訪れるまで、およそ四十分。教会を出るたびに、旅はふたたび山道へ戻る。
こちらも大きな屋根が建物を覆い、軒下には木の格子が続いている。石や金色の装飾が目立ったキッコスとは違い、木の屋根と深い軒が印象に残る建物だった。

ラルナカに戻って、もう一度海辺へ
山を下り、ラルナカへ戻った。夕食に入ったレストランeliaでは、ファヴァを添えたタコと焼き野菜を注文した。教会前で食べたELIYIAとは別の店だ。ビールに加えて、ワインも飲んだ。

最終日の朝は、The Breweryでヨーグルトとクロワッサンの朝食。海辺には、砂浜とパラソル、その先に青い海が広がっていた。
この日は空港へ向かう。出発前に、ラルナカの海をもう一度見た。
来る前は、この島の位置や複雑な歴史に惹かれていた。ニコシアで境界を越え、ドライブの途中でイギリス軍の基地を見かけると、地図で気になっていたことが、目の前の街や道につながった。島の成り立ちを知るほど、ただ海の美しい国として眺めていたときとは、見え方が変わってくる。
ただ、帰る日に思い出すのは、境界や基地のことばかりではない。徴兵を恐れてこの島へ移ったアレクセイの話も、教会で僕に興味を持ち、声をかけてくれた少年の目も残っている。国の歴史を知りたいと思って来たけれど、帰る頃には、ここで暮らす人がどんな思いで日々を過ごしているのかも、もっと知りたくなっていた。

おすすめのレストラン
| 店名 | 特徴 | お会計 |
|---|---|---|
| Theo’s Seafood Restaurant | パフォス港のシーフードレストラン。大きなエビ料理を、ピタと地元のビールと一緒に食べた。 | €14.70(約2,520円) |
| JEPPETTO | パフォスで魚料理の夕食に利用した店。 | €40.43(約6,930円)(チップ込み) |
| elia | ファヴァを添えたタコと焼き野菜を食べたレストラン。ビールやワインも注文。 | €32.50(約5,570円) |
| The Brewery | 出発前の朝食に再訪。ヨーグルトとクロワッサンを食べた。 | €13.40(約2,300円) |
宿泊したホテル
| 宿名 | 泊数 | 総額 |
|---|---|---|
| Harbour Lights Studio Apartments | 1泊 | €99.00(約16,980円)(Booking.com予約表示額) |
ラルナカの宿泊先と旅全体での泊数・総額は、前編の宿泊表にまとめています。
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レンタカーの費用
Larnaca Car Hireの予約料金。車両はKia Picantoまたは同等クラス。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 車両レンタル | €76.50(約13,120円) |
| 保険 | €28.85(約4,950円) |
| 合計 | €105.35(約18,070円) |
参考日本円は2025年7月31日のECB参考レート、1ユーロ=171.52円で換算(10円単位)。実際の決済レートとは異なります。出典:EU官報。


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