カズベキへ向かったはずが、僕はスキー場のレストランにいた。
窓の外では雪が降り続いている。山の上のゲルゲティ教会を訪ねる予定だったが、ロシアへ続くジョージア軍用道路が閉鎖され、そこまで進めなかった。代わりに目の前にあるのは、白くかすむゲレンデだった。
ジョージアを訪れたきっかけは、キリスト教にまつわる伝説への興味だった。聖ニノの足跡を訪ね、気になっていたシュクメルリとヒンカリを食べ、夜はジョージアワインを飲む。トビリシを拠点に、古都ムツヘタと雪の山道へ出かけた。
聖ニノの伝説を訪ねて、古都ムツヘタへ
古都ムツヘタの石畳を歩くと、低い家並みの先にスヴェティツホヴェリ大聖堂の塔が見える。ここはかつて東ジョージアの王国の都だった。僕が興味を持っていた聖ニノは、4世紀にカッパドキアから来て、この地にキリスト教を広めた女性と伝えられている。
大聖堂には、キリストの衣が埋められた場所から杉が育ったという伝説がある。その杉から切り出した柱の一本が宙に浮き、聖ニノの祈りで地上へ戻ると、癒やしの力を持つ液が流れ出したという。スヴェティツホヴェリとは「生命を与える柱」のこと。11世紀に建てられた現在の大聖堂の中で、高い柱や壁画を見上げながら、その名に残る物語を思った。伝説の舞台に実際に立てるのが、この旅の楽しみだった。
丘の上のジュワリ修道院は、聖ニノが十字架を立てたとされる場所に建つ。現在の主な教会は6世紀末から7世紀初めのものだ。眼下ではアラグヴィ川とムトゥクヴァリ川が合流し、その先にムツヘタの大聖堂が見える。街で見上げた塔を、今度は丘から見下ろす。信仰の物語が、街の中と丘の上をつないでいた。
街へ戻り、キリスト教を受け入れたミリアン3世の墓があるサムタヴロ修道院にも立ち寄った。聖ニノという一人の人物への関心から、ジョージアの国と信仰の始まりに触れる教会巡りになった。







温泉から始まり、何度も建て直されたトビリシ
トビリシの旧市街では、坂に沿って家が重なり、木のバルコニーが路地へ張り出している。川の向こうのメテヒ教会と騎馬像、斜面の上のナリカラ要塞。その間に住宅や店が詰まっていて、教会を見て歩いていても、すぐ隣の暮らしが視界に入る。
街の名の由来は、ジョージア語で「温かい」を意味する言葉だ。5世紀の王ヴァフタング・ゴルガサリが狩りをしていたとき、追っていた鳥が温泉に落ち、この場所に街を築くことにした――そんな建都の伝説がある。ただし、その頃より前にも集落は存在した。伝説は街の誕生を一人の王の物語にまとめているが、温泉が街の成り立ちに深く関わっていることは分かる。6世紀にはムツヘタから都が移され、トビリシが王国の中心になった。
その温泉地区がアバノトゥバニ。丸い浴場の屋根が地面から盛り上がり、青いタイルの浴場がひときわ目を引く。昔の浴場は体を洗うだけでなく、商談や友人との集まりにも使われたという。教会の街を想像して来た僕には、人が集まる温泉から首都の歴史をたどれることも面白かった。
旧市街の建物が、すべて中世から残っているわけではない。トビリシは1795年のペルシャ軍の侵攻で大きな被害を受け、その後に再建された。19世紀には多様な出自の商人や実業家が住宅を建て、ヨーロッパの建築様式も取り入れられた。古い教会、木のバルコニー、装飾のある住宅が混ざる街並みは、長い年月の中で壊され、建て直されてきた街の姿なのだ。整った一つの様式には収まらないところが、歩いていて面白い。
シオニ大聖堂には聖ニノの十字架が伝わり、ムツヘタでたどった人物の名がここでも現れた。一方、近くの傾いたガブリアゼ時計塔は、演出家レゾ・ガブリアゼが人形劇場とともに手がけたもの。古びた姿でも、中世の塔ではない。教会の伝承のそばに、作り手の遊び心がある。古い教会を巡った後に、こんな塔に出会えるのもトビリシの面白さだった。






山の村から食卓へ。シュクメルリとヒンカリ
ジョージア料理は最高に美味しかった。日本でも話題になったシュクメルリが気になっていて、トビリシのKneinaで注文した。土の器に盛られた鶏料理を前に、日本で知った名前と、現地の食卓がようやくつながった。
シュクメルリの名は、山間のラチャ地方にあるシュクメリ村に由来する。鶏肉をにんにくのソースで仕上げる村の料理が、国中へ広まったものだ。牛乳を加える作り方が知られる一方、ラチャには使わない作り方もある。日本から見ると「ジョージア名物」でも、始まりには特定の村の食文化がある。食後には赤ワインで煮た洋梨も食べた。
ヒンカリも、もとは山岳地域の料理とされる。羊肉を包んで熱々で食べる料理が各地へ広まり、都市では牛肉や豚肉を使ったものなど、種類を増やしてきた。ひだのある皮を上でまとめた、大きな餃子のような形。ムツヘタでは種類の違うヒンカリと土鍋の豆料理を頼み、川沿いの窓を眺めながらビールと一緒に食べた。トビリシでも、またヒンカリを注文した。
ジョージアの食文化には、料理とワインを囲み、乾杯の進行役タマダが席をまとめる宴「スプラ」の伝統がある。僕の旅の食事はそうした宴への参加ではなかったが、地方の料理が街の店へ集まり、ワインとともに食卓を豊かにしてきた背景が分かる。教会巡りの合間の昼食も、牛頬肉とビールを楽しんだ夕食も、この旅の大きな楽しみだった。





ジョージアワインを飲みながら、クヴェヴリの話を聞く
トビリシではワインバーに何軒か足を運んだ。日本やオランダではなかなか味わえないジョージアワインを、現地で楽しめたのが嬉しかった。ある晩、ワイン地図を背に飲んだグラスは琥珀色。アンバーワインだ。オーナーとの話題は、その色を生む造り方へ移った。
「土の中でワインを造るんですか」。僕が聞いたのは、陶器の壺クヴェヴリを地面に埋め、果汁と果皮、種などを入れて醸す話だった。白ぶどうも果皮と一緒に醸すことで琥珀色になる。クヴェヴリは赤ワインにも使われるが、ジョージアのワインがすべてこの製法というわけではない。
壺を土に埋めるのは、温度を安定させるためでもあるという。地中は外気の温度変化を受けにくく、熟成や保存の環境を保ちやすい。ぶどうを醸し、育て、保存する器として理にかなっている。タンクや樽を思い浮かべていた僕には、土そのものを利用する知恵が興味深かった。
ジョージアでこの製法が根付いた背景には、壺を造る職人と、家庭でワインを造る文化の両方がある。器に適した粘土を選ぶ知識や製作技術、醸造の手仕事が、地域と家族の中で受け継がれてきた。ワインは宴や宗教行事にも結びついている。「昔からある製法」という一言では見えなかった、暮らしの中で続けてきた人の手が気になった。
産地の話では、東部のカヘティの名も出てきた。代表的な産地で、果皮などと長く醸すクヴェヴリの方法でも知られる。西部のイメレティでは、使うぶどうや果皮の扱いが異なる。同じジョージアワインでも一通りではない。Karalashviliの地下セラーで飲み、DADIでも別の造り手を楽しむ。店を変える楽しみに、産地と製法を知る楽しみが加わった。


雪で止まった軍用道路と、予定外のスキー場
カズベキ方面への日帰りツアーに参加した朝、前日からの雪が山道を白く覆っていた。ジンヴァリ貯水池の向こう岸は霞み、アナヌリでは石の開口部越しに、教会の屋根と雪の山が重なって見えた。
アナヌリは、アラグヴィ川流域の領主が街道を押さえるために構えた城塞だ。城壁や塔、教会などは14〜18世紀にかけて造られ、守りと暮らし、祈りの場が同じ囲いの中にあった。王エレクレ2世も、クルツァニシの戦いに敗れた後、ここへ逃れたという。
雪をかぶった教会は静かに見えるが、この城は街道をめぐる争いの中で、人を守る役目も担っていた。教会の周囲を城壁と塔が囲む姿に、トビリシやムツヘタで訪ねた聖堂とは違う、この場所の歴史が見えてくる。
北へ進む道には、何台ものトラックが足止めされていた。ロシアへ続くジョージア軍用道路が閉鎖され、観光客だけでなく、国をまたいで荷物を運ぶ車も先へ進めない。雪の景色の中に長く続くトラックの列が、興味深かった。
僕たちもカズベキやゲルゲティ教会まで行けず、グダウリのスキー場へ。レストランの大きな窓の外は、白くかすむゲレンデだった。山の教会を見に来たはずなのに、スキー場の椅子に座っている。
山の教会を見られなかったのは残念だった。それでも、街からは想像しにくい雪の深さと、国をつなぐ道が止まる光景を目にできた。予定していた景色とは違うが、あの窓辺で過ごした時間も旅の記憶に残っている。





街に描かれたEUの旗
トビリシの壁には、EUやウクライナの旗、ロシアへの抗議の言葉が描かれていた。抗議活動や衝突を知ったのはニュースからだ。僕自身が見たのは、街に残るこうした意思表示だった。
2024年にジョージアのEU加盟過程は事実上停止し、同年末には政府が加盟交渉開始への取り組みを2028年まで進めないと表明したことが、大規模な抗議につながった。教会や浴場を見て歩き、料理とワインを楽しむ同じ街に、国の進む方向をめぐる対立がある。ニュースの場所が、自分の歩いている通りとつながった。
山の教会には行けなかったが、聖ニノの伝説を訪ね、食べたかった料理を食べ、ジョージアワインの造り方を聞けた。トビリシを拠点にした旅は、街の景色と食卓の両方が面白かった。

おすすめのレストランとワインバー
| 店名 | 特徴 | お会計 |
|---|---|---|
| Tsiskvili Mtskheta | 川沿いの窓のある席で、ヒンカリと土鍋の豆料理を食べた。教会巡りの合間の昼食に。 | GEL 35.35(約1,910円) |
| Kneina | 現地で食べたかったシュクメルリを注文。赤ワイン煮の洋梨まで楽しんだ。 | GEL 51(約2,750円) |
| Pasanauri(自由広場付近) | トビリシでヒンカリを繰り返し食べた店。ビールと一緒に気軽な夕食を取った。 | GEL 21(約1,130円) GEL 22.15(約1,200円) |
| Café Gabriadze | 時計塔の近くで、白いテーブルクロスの席へ。牛頬肉の料理とビールを楽しんだ。 | GEL 101(約5,460円) |
| Karalashvili Wine Cellar | 石壁と木の天井、ピアノのある地下セラーで、ジョージアのワインを飲んだ。 | GEL 94(約5,080円) |
| DADI Wine Bar and Shop | 別の造り手のジョージアワインを楽しみ、飲み比べの幅を広げたワインバー。 | GEL 140(約7,560円) |
宿泊情報
| 宿名 | 泊数 | 総額 |
|---|---|---|
| Aqua Hotel(Aqua Liberty) | 3泊 | GEL 500.01(約27,010円) |
早朝チェックイン込み。トビリシの自由広場近くを拠点にした。
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トビリシ発・カズベキ方面日帰りツアー。予約時の支払表示は3,144円。予約した行程のうち、カズベキとゲルゲティ教会は降雪に伴う道路閉鎖で訪問できなかった。
訪れた場所
地図を大きく開く · © OpenStreetMap contributors
参考資料
- UNESCO:ムツヘタの文化財群
- Georgia Travel:スヴェティツホヴェリの歴史と伝説
- Georgia Travel:ジュワリ修道院
- Georgia Travel:シオニ大聖堂と聖ニノ
- Georgia Travel:アバノトゥバニと街の名の由来
- Georgia Travel:シュクメルリ
- Georgia Travel:ヒンカリ
- UNESCO:クヴェヴリによる伝統的ワイン製法
- ジョージア国立ワイン庁:製法と産地
- EU理事会:ジョージアのEU加盟過程
- ValutaFX:2025年のGEL/JPY履歴(3月31日を使用)
- Georgia Travel:トビリシ旧市街の歴史
- Georgia Travel:再建と住宅建築
- Georgia Travel:ガブリアゼ時計塔
- Georgia Travel:食文化とスプラ
- ジョージア国立ワイン庁日本公式:クヴェヴリの器・製法・歴史
- Georgia Travel:アナヌリ城塞の歴史と役割
円概算は2025年3月31日の1 GEL=54.015円で換算し、10円単位で四捨五入。実際のカード請求額とは異なる。飲食の金額は各会計の総額。


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