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ベルギーの七大秘宝。その言葉を初めて知ったのはリエージュだった。
サン・バルテルミー教会で僕が見たのは、動物の背に支えられた金属の洗礼盤だった。胴のまわりには人の姿が細かく浮き出している。
この洗礼盤は最初からここにあったわけではない。もともとは旧サン・ランベール大聖堂に隣接する教会に置かれていた。革命期にその建物が壊され、洗礼盤は今の教会へ移されたという。
朝に歩いたサン・ポール大聖堂も、失われた旧大聖堂から司教座を引き継いでいる。別々に訪ねた二つの教会が、なくなった一つの大聖堂を通してつながっていた。
リエージュ=ギユマン駅: 色付きの屋根から始まる旅
旅の始まりはライデンからの鉄道だった。リエージュ=ギユマン駅では白い骨組みの上に緑や橙、青などの色が並んでいた。屋根の曲線は大きく、ホームの上を何本もの線が渡っている。見上げる角度が変わると、その線と色の重なり方も変わる。
駅舎を設計したのはサンティアゴ・カラトラバ。そこにダニエル・ビュランが透明な色のフィルムを加えた作品だった。色を塗った壁ではなく、光を通すガラスが作品の一部になっている。旅の当時に見た色付きの屋根は駅本来の恒久的な姿ではなく、建築に重ねられた期間限定のものだった。
古い教会を巡った街の入口が、こうした現代の建築と作品だったことも面白い。リエージュには昔の建物を残した場所だけでなく、今も街の表情を変えている場所がある。後で旧市街を歩いてから駅の写真を見返すと、その違いがよく分かる。
泊まったのは駅の向かいにあるHôtel de l’Univers Liège。翌朝は旧市街の教会へ向かった。


サン・ポール大聖堂: 失われた大聖堂の役割を継いだ場所
翌朝のサン・ポール大聖堂では、尖ったアーチの先に大きなステンドグラスが見えた。白と黒の床の模様が奥へ伸び、上には細い線が交差する天井が広がっていた。柱の間から眺める窓と、近くまで寄って見上げる窓では目に入る細部も違う。
リエージュは約800年にわたって司教領の中心だった。ここでいう司教は宗教上の指導者であるだけでなく、領地を治める君主でもあった。礼拝のための街と政治を動かす街が重なっていたわけだ。大聖堂のほかにも参事会教会や修道院が集まり、今も街を歩くと次々に教会に出会う。
この街の成り立ちには司教ランベールの死が深く関わっている。8世紀初めに殺害された場所が巡礼の地となり、後に司教座もリエージュへ移った。川の合流点にあった集落が、人の集まる宗教上の拠点を持ち、やがて統治の中心にもなっていった。今のベルギーという国ができるよりずっと前から、リエージュには司教領としての歩みがあった。
その背景を知ると、教会の多さは単に「ヨーロッパの古い街だから」では片付かなくなる。僕が歩いた道の間隔でこれだけ大きな宗教建築が現れるのは、この街で教会が担ってきた役割の大きさとも関係している。景色として見ていた建物の位置に、昔の街の仕組みが重なって見えてくる。
ただし今のサン・ポールが昔から大聖堂だったわけではない。10世紀に創建された参事会教会をもとに、現在のゴシック建築は13世紀以降に整えられた。革命期に旧サン・ランベール大聖堂が破壊され、1803年にこちらが大聖堂になった。長く残ってきた建物の中で役割のほうが入れ替わっている。
塔にもそうした来歴がある。工事は中世に始まっていたが革命期にも完成しておらず、大聖堂となった後に仕上げられた。その姿には失われた旧大聖堂の塔が意識されているという。古く見える塔がすべて同じ時代のものとは限らないし、今はない建物の形が別の場所に残ることもある。
僕にはこの引き継ぎ方が興味深い。建物そのものがなくなれば街の歴史もそこで途切れるように考えてしまうが、役割や作品、さらには塔の形まで別の場所へ移って続いていく。サン・ポールを一つの古い大聖堂としてだけ見るより、その前に何が失われたのかまで知るほうが目の前の建物が具体的になる。
内部を見た後は回廊へ回った。連続するアーチと市松模様の床が通路の先まで続いていた。礼拝空間で上へ向かっていた視線が、ここでは通路の奥へ移る。大きな建物の中にも歩く速さで見ていける場所があった。





ユヌ・ゴーフレット・サペルリポペット: 教会の合間に寄った菓子店
大聖堂を出た後はユヌ・ゴーフレット・サペルリポペットへ寄った。白い柱に挟まれた窓の奥には焼き菓子が何段にも積まれていた。ワッフルだけでなく、小さな菓子やチョコレートのかかった品も並ぶ。
店の前で撮った写真には紙に包んだワッフルと小さなカップに入った菓子が残っている。大きな教会を巡る途中にこうした店が挟まると、街歩きの景色も変わる。高い窓や天井を見上げた後はショーケースの中をのぞき込み、手元の菓子を撮った。




ビュラン階段: 374段と名前に残る15世紀の出来事
ビュラン階段に着くと家並みの間を石段がまっすぐ上へ伸びていた。左右には窓や玄関、植木があり、階段の両側にも暮らしの場所が続いている。下から眺めると石段の長さに目が行くが、住宅の窓の高さと比べると街の中にあることも分かる。
上方から振り返ると、今度は手すりの線が屋根の集まる街へ向かって落ちていく。同じ階段でも下からは上りの長さが、上からは街との高低差がよく分かる。家々の屋根の向こうには高さの違う建物が並び、旧市街だけを切り取った景色にはなっていない。
この374段は19世紀に造られ、丘の上の兵舎と中心街を直接結んだ。今の眺めからは展望を楽しむ階段にも見えるが、つくられた目的は街を行き来する道だった。上から眺めた急な高低差を思い返すと、回り道をせずに結ぶ必要があったことも具体的に想像できる。
名前に登場するビュランはもっと前の時代の人物だ。1468年にヴァンサン・ド・ビュランとゴスワン・ド・ストレールらが600人を率い、ブルゴーニュ公シャルル突進公とフランス王ルイ11世の捕縛を試みた。階段の名前はその出来事を記念している。
ただし600人がこの階段を駆け上がったわけではない。観光局もこの場所を通ったという理解を明確に否定している。出来事は15世紀、階段が造られたのは19世紀。名前だけを聞くと目の前で起きた話のように結びつけてしまいそうだが、場所の用途と記念された出来事は分けて考えたほうが面白い。街は後の時代にも昔の名前を選び直している。
見下ろした屋根の先にはムーズ川の谷に広がるリエージュが続く。この川と支流は運ぶ道であり、ものをつくる力でもあった。リエージュで武器産業が発達した背景には鉄や燃料の存在に加えて水力があり、つくられたものは川や陸路を通じて周辺へ運ばれた。
教会で見る精巧な金属の作品と、街の外へ出荷されていった武器は用途も時代も違う。それでも両方の歴史を知ると、リエージュを教会の街だけで捉えるのは狭い気がする。祈る場所を支えた富や技術があり、川沿いには働く場所も広がっていった。僕が階段から見た家並みも、そうした暮らしを重ねてきた街の今の姿だった。



オル・シャトーとクール・サン・タントワーヌ: 新旧の建物が混ざる中庭
階段を下りた後はオル・シャトー周辺を歩いた。赤と灰色の面が重なる教会の正面が通りに立ち、路地の先には石の壁と木組みの建物が見える。閉まった門には「CLOSED」の札もかかっていた。
赤い教会は旧無原罪懐胎教会。1655年に完成したバロック建築で、正面には聖人の像と当時の司教領主の紋章がある。宗教上の飾りの中に統治者のしるしも入っている。司教が街を治めたという話が、建物の正面の具体物につながる場所だ。
サン・ポールの尖ったアーチと比べると曲線や装飾の重なり方が違う。同じ街の教会でも時代によって見せ方が変わる。僕にはその違いを一つずつ覚えるより、さっき見た建物と目の前の建物を比べるほうが分かりやすい。
クール・サン・タントワーヌでは石畳を囲む建物の窓と植木鉢が目に入る。ここは古い建物だけを揃えた場所ではなく、昔からの建物と新しい建築が組み合わされている。中央の噴水にはマヤのティカル神殿を着想源とした形が使われているという。リエージュの中庭で中米の遺跡の名前につながるのは意外な取り合わせだ。
古い街という言葉から同じ時代の建物が並ぶ姿を想像しがちだが、歩いてみるとそう単純ではない。中世の建物に由来する場所へ新しい建築や作品が加わり、窓辺には今の植木鉢が並んでいる。残すことと手を加えることの両方が、この中庭の景色をつくっていた。



サン・バルテルミー教会: 七大秘宝の洗礼盤に残る物語
サン・バルテルミー教会では白と赤を組み合わせた外壁から中へ入った。洗礼盤の周囲には余白があり、動物の背と丸い胴の形がよく見える。胴に並んだ人物は平らな模様ではなく、金属の表面から立ち上がるようにつくられていた。
教会はこの洗礼盤を「ベルギーの七つの驚異」の一つと紹介している。僕が七大秘宝という言葉を初めて知ったのもここだった。大きな教会を訪ねて、その中の一つの器から知らなかった呼び名につながった。
足元で支えている動物は牛だ。教会の解説によると本来は12頭で、現在残るのは10頭。12という数には使徒やイスラエルの部族、聖書に登場するソロモン神殿の水盤を支えた牛との関係がある。単に器を持ち上げるための台ではなく、下にいる動物にも意味があった。
胴に浮き出た人物たちも装飾だけではない。洗礼者ヨハネの説教やキリストの洗礼など、洗礼をめぐる五つの場面がぐるりと続いている。衣服のひだや身振りの細かさは、物語を金属で伝えるためのものでもある。意味を知らずに見れば細工の見事さに目が行くが、題材を知ると人物の配置にも理由があることが分かる。
つくり方にも手間がかかる。蝋で原型をつくって周囲を粘土などで覆い、熱で蝋を抜いた空間に溶かした金属を流す蝋型鋳造だ。こんなに浮き出た人物の形を金属に置き換えながら、水を入れる器としても仕上げている。12世紀の作品だと知ると、美術品としての姿だけでなく、それを形にした仕事のほうにも関心が向く。
この洗礼盤が今の場所へ移されたのは1804年。朝のサン・ポール大聖堂が司教座を引き継いだ翌年にあたる。大聖堂という役割と一つの洗礼盤は、別々の建物へ受け継がれた。目の前の作品がここにあるのは、長く同じ場所に置かれていたからではなく、場所を変えて残されたからだった。
七大秘宝という言葉だけなら有名な品を一つ見た話で終わる。でも僕には、もとは違う教会にあり、その教会はもうないという来歴のほうが街歩きにつながった。朝に見た大聖堂とここを同じ一日の中で訪ねたことで、失われたものを別の場所で受け継ぐリエージュの姿が具体的になった。
洗礼盤の部屋を出て教会内部も見た。白い壁の中には金色の祭壇と赤い柱があり、外から見た建物の印象とも洗礼盤の金属の質感とも違っていた。



サン・ドニ教会: 丸いアーチと尖った窓に重なる時代
その後に入ったサン・ドニ教会では丸いアーチの柱の先に細長い窓が並んでいた。サン・ポールの天井とは違い、横に連なるアーチと明るい色の壁が空間を区切っている。
987年にノトジェ司教のもとで創建されたこの教会には、ロマネスクの身廊、後に造り直されたゴシックの内陣、さらに後のバロックの装飾が重なる。入口から奥を見るだけでも丸い線と尖った線が一つの空間にある。
古い部分をすべて取り替えて一つの様式に揃えたのではなく、使いながら手を加えてきた建物だ。僕には様式の名前を先に覚えるより、目の前の形がなぜ違うのかを知るほうが建物を見やすい。違いがあること自体が、ここが長く使われてきた跡なのだと思う。



Au Point de Vue: エスカルゴと肉団子の昼食
大聖堂前を再び通った後、昼食はオペラ前のAu Point de Vueでとった。テーブルにはビールとエスカルゴ、ソースをかけた肉団子が並んだ。小さなくぼみに一つずつ収まったエスカルゴと、別皿のサラダを添えた肉団子。教会や路地を巡った一日はこの店の食卓へ続いている。
店の沿革は、この場所のカフェの歴史を1652年まで遡って紹介している。現在のブラッスリーがそのまま同じ形で続いたという意味ではないが、食事をした場所にも街の時間が重なっていた。教会の中で古いものを見た後に座った店まで歴史につながると、リエージュの過去は名所だけに集まっているわけではないのだと思う。
この店の名物はリエージュ風の肉団子。公式にも店の代表料理として紹介されている。僕の写真にもソースの中に肉団子が収まり、隣にはサラダが添えられていた。料理の名に街の名が入ると、教会や階段を巡った場所が食卓の上にも続いているように感じる。
七大秘宝という言葉から辿った先には、失われた大聖堂と今も使われる教会があった。その間には菓子店があり、家の間を上る階段があり、中庭の窓があった。僕にとってリエージュは、知らなかった歴史が歩いた場所同士をつないでいく街になった。



リエージュ: 訪ねた場所の地図
写真の位置情報と確認済みの訪問先をまとめた地図。実際に歩いた道を示す経路線は引いていない。
リエージュ: おすすめレストラン
今回の旅で立ち寄った食事店と菓子店をまとめた。
| 店名 | 特徴 | お会計額 | 参考円 |
|---|---|---|---|
| Au Point de Vue | オペラ前でリエージュの郷土料理を楽しめるブラッスリー。今回の昼食はエスカルゴとソースをかけた肉団子、ビール。 | €30 | 約5,050円 |
| Une Gaufrette Saperlipopette | ワッフルのほか小さな焼き菓子やチョコレート菓子が並ぶ店。教会と階段を巡る途中に寄れる旧市街の菓子店。 | 約€10 | 約1,680円 |
| Le Kleyer | コワント地区にあるブラッスリー。リエージュ名物のミートボール「ブーレ・ア・ラ・リエジョワーズ」が看板料理として知られる。僕もミートボールとビールを注文し、合わせて約€20だったと記憶している。 | 約€20(ミートボール+ビールの合計・記憶に基づく概算) | 約3,370円 |
金額は旅行当時の本人申告。菓子店の約€10とLe Kleyerの料理・ビール約€20は概算。参考円は2024年4月30日のECB参考レート 1ユーロ=168.27円で換算。
Hôtel de l’Univers Liège: 宿泊情報
| 宿名 | 泊数 | 宿泊総額 | 参考円 |
|---|---|---|---|
| Hôtel de l’Univers Liège | 1泊 | €90 | 約15,140円 |
宿泊費は旅行当時の記録。参考円は2024年4月30日のECB参考レート 1ユーロ=168.27円で換算。
リエージュ: 参考資料
- サン・バルテルミー教会公式:洗礼盤の来歴
- リエージュ観光局:サン・ポール大聖堂
- リエージュ観光局:司教領と教会群
- リエージュ観光局:ビュラン階段
- リエージュ観光局:サン・ドニ教会
- リエージュ観光局:旧市街と中庭の解説
- リエージュ観光局:ビュランの駅舎作品
- グラン・クルティウス博物館:リエージュの武器産業史
- Hôtel de l’Univers Liège 公式
- ECB:2024年4月30日のユーロ・円参考レート
- サン・バルテルミー教会公式:洗礼盤の場面と牛の意味
- サン・バルテルミー教会公式:蝋型鋳造
- リエージュ観光局:街の歴史
- リエージュ観光局:Au Point de Vue
- リエージュ観光局:菓子店
- Au Point de Vue 公式:店の歴史と料理
- Le Kleyer:店舗紹介・掲載メニュー(Trouve Ton Resto)


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