日本・秋田・岩手・宮城旅行記

田沢湖の赤い鳥居と秋田犬。秋田・岩手・宮城旅行記 東北

白い湯に、窓の光が落ちていた。

乳頭温泉郷の鶴の湯。濃い色の木で囲まれた浴室に、白濁した湯だけが明るく浮かんでいる。窓から差す細い光まで含めて、しばらく見ていたくなる眺めだった。

夕方になると、茅葺きの屋根の下に灯りがともった。湯だけでなく、この山の中で夜を迎えられることがうれしい。東北を巡る旅の最初の夜は、そんな宿で過ごした。

旅は秋田空港から始まる。角館を歩き、田沢湖へ寄り、鶴の湯へ。翌日は八幡平から盛岡へ抜け、北上で一泊した後、松島へ向かった。車を降りるたびに、木陰の町、雪の残る山、島の浮かぶ海と、目の前の風景が変わっていった。

今回の旅程

秋田空港 → 角館 → 田沢湖 → 鶴の湯 → 八幡平 → 盛岡 → 松島

線は訪問地点を結ぶ道路上の参考ルートです。実走GPS記録ではありません。緑:初日/青:2日目/茶:3日目。

角館——黒塀の内側で、暮らしに近づく

秋田空港でレンタカーを借り、角館へ。空港ではなまはげが出迎えてくれたが、角館に着いてまず目に入ったのは、通りを覆うほど大きな木々だった。黒い塀の上から枝が伸び、明るい路面に葉の影が落ちている。六月の緑は濃く、屋敷を見に来た僕の視線を、何度も頭上へ引き戻した。

角館の今の町割りは、1620年に芦名義勝が進めた町づくりにさかのぼる。町の中央に火災の延焼を防ぐ「火除け」を置き、武士の住む内町と、町人の住む外町を分けた。黒塀の通りを歩いていると、古い建物が点々と残っているというより、町の骨格そのものが残っているように感じる。道の幅や塀の連なりにも、かつて誰がどこに暮らしたのかが表れている。

通りから見えるのは、門と屋根、その間を埋める緑。門をくぐって庭へ進み、さらに建物の中へ入ると、ようやく畳の部屋と出会う。外から眺めた屋敷は少し近寄りがたかったのに、座敷から庭を見ると、印象が変わった。室内の暗さがあるから、外の葉がよく見える。庭は建物に添えられた飾りではなく、ここで過ごす時間のすぐそばにあったのだと思う。

頭上の欄間には細かな透かしがあり、玄関には格式による使い分けもあった。たとえば青柳家では、客の身分に応じて正玄関と脇玄関を使ったという。美しい造りを眺めながらも、当時ここへ来た自分なら、どの入口を通ることになったのだろう、と考える。今は自由に見て回れる場所にも、かつては細かな決まりがあった。

展示室に並ぶ銃や甲冑を見れば、ここが武士の屋敷だったことを改めて意識する。一方、庭に向いた座敷や縁側には、日々を過ごす家としての表情がある。格式と暮らしが同じ建物に収まっている。その両方を見られるのが、屋敷の中まで入ってみる面白さだった。

町歩きの途中、民泊「縁」の秋田犬にも会った。木の床に体を伸ばし、あごを下ろして休んでいる。門や欄間を見上げ続けていたところに、このくつろぎ方。つい視線が足元へ下がる。由緒ある建物を巡る町にも、こうして今日を過ごしている犬がいる。その姿が、角館を少し身近にしてくれた。

秋田犬の歴史をたどると、武士とのつながりも出てくる。大館には、江戸時代に佐竹氏が藩士の闘志を養うため、闘犬を奨励したという話が伝わっている。猟に使われた犬や大館地方の犬をもとに、強く大きな犬が求められ、その後は犬種を守る活動が続いてきた。今の秋田犬の姿にも、人が犬に求めてきた役割の変化が重なっている。そうした来歴を知ると、武家屋敷で見た甲冑と、床にあごを預けていた犬が、同じ秋田の歴史の中にあることが面白い。くつろいだあの姿からは、闘犬の歴史はなかなか想像できない。

昼は「桜の里」で、比内地鶏の親子丼と稲庭うどんの膳を食べた。歩いた先でその土地の料理を食べ、また通りへ戻る。食後にも建物や庭を眺め、縁側の角から緑を見た。最初は黒い塀の長さが印象に残った通りも、帰る頃には、その奥にある部屋や庭を思い浮かべながら歩ける道になっていた。

田沢湖——青い湖に重なる、土地の物語

角館から田沢湖へ。御座石神社の鳥居の向こうには、広い水面と対岸の山が見えた。木々に囲まれた通りから来たせいか、空も湖もひときわ大きく感じる。青い色は一様ではなく、近くの水面と遠くの山際で少しずつ違っていた。

その湖を背に、鳥居の前に立っていたのが秋田犬だった。朱色の柱の間に、明るい毛色とこちらを向いた顔が収まる。田沢湖だけでも十分きれいなのに、この組み合わせはずるい。秋田犬と湖を一緒に見たときのうれしさは、景色の説明をいくら重ねるよりも先に来た。

御座石という名は、1650年に秋田藩主の佐竹義隆が田沢湖を訪れ、ここに腰を下ろして休んだことに由来するとされる。今の僕には眺めのよい湖畔だが、誰かがここに座ったことが、何百年も土地の名前として残っている。地名を知ると、通り過ぎるだけだったかもしれない場所に、立ち止まる理由が一つ増える。

神社に祀られているのは、湖の伝説に登場する辰子姫。永遠の美しさを求めて泉の水を飲み、龍となって田沢湖の主になったと伝えられる。境内の辰子像は、下半身が蛇のような姿をしていた。美しい姫という言葉だけでは想像しなかった形に、この伝説の不思議さを感じる。

伝説を知ってから見直すと、湖に向かう鳥居も、木々の中の社殿も、景色を引き立てるためだけにあるのではないと分かる。人はこの水面を眺めるだけでなく、そこに物語を重ね、祈ってきたのだ。湖の青さに惹かれて立ち寄った場所で、景色と信仰が離れずに残っていることが印象に残った。

湖畔の屋根の下へ入ると、柱の向こうの水面がいっそう明るい。広く見渡すときとは違い、切り取られた青が目に入ってくる。見る場所を少し変えるだけで、まだ眺めていたくなる湖だった。

鶴の湯——湯宿で迎える、山の夕暮れ

田沢湖を離れ、乳頭温泉郷の鶴の湯へ向かった。入口の先に低い屋根が並び、その後ろに山の緑が重なる。茅葺きの屋根と木の壁を目の前にして、ようやくここまで来た、と思った。以前から訪れたかった湯宿だ。

鶴の湯には、江戸時代に藩主が湯治に訪れたという伝承があり、一般の客を迎える宿としても元禄年間の記録が残る。傷を癒やす鶴を猟師が見つけたというのが、名前にまつわる言い伝えだ。湯を見つけ、そこへ通い、泊まる場所をつくる。長く続いてきた営みの先に、今のこの宿がある。

泊まったのは新本陣。木の廊下には窓の光が入り、床に映っていた。戸口へ向かうだけの廊下にも、目を留めたくなる光がある。湯を目的に来たのだけれど、建物の中を行き来する時間まで、ここで過ごす楽しみになっていった。

浴室では、濃い色の木に囲まれて、白濁した湯が明るく見えた。窓から光が落ちる場所と、その届かない場所。同じ浴槽の中にも微妙に違う白さがある。鶴の湯といえば白い湯、という印象を持っていたが、実際には、その周りの木や光があってこその眺めだった。

宿の近い範囲には、泉質の異なる四つの源泉が湧いているという。いくつもの浴槽があるだけでなく、その足元から違う湯が生まれている。建物の外では水が流れ、草木が岸まで茂っていた。温泉の建物が山の中にあるというより、湯も水も木々もある場所に、人の泊まる場所がつくられている。その近さがいい。

夕食には魚や小鉢が並んだ。角館から田沢湖へ、そこから山の宿へと移動してきた一日が、ここでひと区切りつく。この後はどこかへ向かわず、この宿で夜を迎える。それが、この日の楽しみだった。

夕方の露天の湯は、周囲の木々が暗くなるにつれ、淡い青白さを増して見えた。やがて軒下に灯りがともり、昼間は目立たなかった窓や戸口が、道の先に浮かび上がる。明るく照らし尽くされていないので、その間に山の暗さが残っている。

廊下にも、電灯の光が長く映っていた。同じ場所なのに、昼に窓の緑を見ながら歩いたときとは違う。来たかった温泉に来られた、という喜びに加えて、夕方から夜へ変わる宿を見られたことがうれしかった。湯に入るだけで帰らず、ここに一晩泊まってよかったと思う。

八幡平——雪解けの途中に会いに行く

翌朝、朝食をとって鶴の湯を出た。八幡平へ向かう途中では、木々に囲まれた水辺にも立ち寄った。対岸の緑が映る水面の先に、青緑色の帯が見える。昨日の田沢湖の、空まで開けた青とはまた違う。町から湖へ、湖から山へと移るうちに、水の色にもずいぶん違いがあることに気づく。

八幡平で目指したのは鏡沼。雪解けの時期に、水面と残雪が目のように見える「ドラゴンアイ」を見たかった。山頂近くの火口湖に残る雪が解け、青い水の輪と中央の白い雪が現れる。湖そのものの形に加えて、雪解けの進み方がつくる景色だ。

ところが、僕が見た鏡沼には、まだ雪が大きく残っていた。表面に丸い筋は見えるものの、思い描いていた青い輪はない。向こう岸の木々と曇り空の間に、白い沼が広がっていた。

「こういうこともある。また来よう。」

そのときの気持ちは、その言葉に尽きる。見たい景色があってここまで来たけれど、訪れれば必ず同じ姿が待っているわけではない。写真で見た完成形にばかり気を取られていたが、その前にも後にも、雪が少しずつ解けていく時間がある。僕が来たのは、その途中だった。

県境の標識を見て、秋田から岩手へ渡ったことを確かめる。周囲には緑の斜面もあり、遠くには青くかすむ山が幾重にも重なっていた。町では初夏の葉を見上げ、山の上では雪を見る。同じ旅の中で、その両方が目の前にあるのが面白い。鏡沼の青い輪は、次に来る理由として残して、盛岡へ下った。

盛岡——赤レンガの銀行と、チャグチャグ馬コ

山を下って盛岡へ。街角に立つ岩手銀行赤レンガ館は、赤い壁と白い縁取り、屋根の形がよく目立った。車や人が行き交う町の中に、そのまま昔の銀行が立っている。山の湯宿から来ると、建物がまとっている空気まで変わったように感じた。

1911年、盛岡銀行の本店として完成した建物だ。設計は、東京駅でも知られる辰野・葛西建築設計事務所。のちに岩手殖産銀行へ引き継がれ、岩手銀行の本店や支店として使われ、2012年まで銀行として営業していた。

歴史的な洋館というだけなら、きれいな外観を見て終わっていたかもしれない。けれど、つい近年までここでお金を預けたり、仕事の相談をしたりする人がいたと思うと、町の暮らしとの距離が近くなる。古い建物が残ったということと、長く使われてきたということは、少し違う。

中へ入ると、大きな吹き抜けの上に装飾のある天井が広がり、照明が下がっていた。上階から見下ろすと、床の広さとそれを囲む手すりが一緒に見える。外から見たレンガの重厚さの内側に、こんなに開けた空間があった。その意外さが、建物の中まで入ってみた面白さだった。

この日の盛岡では、チャグチャグ馬コの行列も見た。鮮やかな装束をまとった馬と、その隣を歩く人たち。看板や電線が並ぶ市街地の道を、馬の列が通っていく。特別な舞台の中ではなく、今の町の通りにこの光景があることが、まず印象に残った。

チャグチャグ馬コは、毎年六月の第二土曜日に行われる伝統行事だ。滝沢市の鬼越蒼前神社から、盛岡市の盛岡八幡宮へ、飾りをつけた農用馬が行進する。「チャグチャグ」は、馬が歩くときに鳴る鈴の音から来ている。

もともとは、田植えの準備などで働いた馬をいたわり、無病息災を願って蒼前様へ参る風習だったという。華やかな装束にも、荷を運ぶ馬を飾った小荷駄装束の流れがある。晴れの姿を見せる行列の根には、人と一緒に働いてきた馬への感謝があるのだ。

その背景を知ると、見ていたものの中心が、色鮮やかな飾りから、馬と人の関係へ少し移る。人が馬を引き、すぐ隣を歩いている。昔の暮らしを説明する展示とは違い、今も馬と一緒に続けている行事なのがいい。赤レンガ館もこの行列も、過去が現在の町から切り離されずにあるように感じられた。

盛岡では「東家 本店」で、わんこそばも食べた。その後は北上へ向かい、レンタカーを返却。グリーンホテル北上で一泊し、翌日は車で松島へ向かった。

松島——島々を眺め、寺のある町を歩く

松島は宮城県の沿岸部、仙台の北東にある町だ。天橋立、宮島と並ぶ日本三景の一つとして知られるが、海の眺めだけでできている町ではない。陸側には伊達家ゆかりの瑞巌寺を中心とする寺町があり、海には島々が重なる。海景と寺のある町が、近い距離で向き合っている。

泊まった小松館 好風亭の部屋からも、島が見えた。窓のすぐ向こうにも、その奥にも島があり、海の青い部分がいくつにも分かれている。遠くの水平線を見渡す海とは違って、近いところから順番に目を動かしたくなる眺めだった。

お茶を飲みながら、その重なりを見る。何かを見に出かけなくても、宿にいる時間そのものが松島を眺める時間になる。名所を巡る楽しみとは別に、ひとつの景色の前で過ごせるのがうれしかった。

松島の島々は、もともとの丘陵の一部が沈み、海面が上昇するなどして形づくられたと考えられている。海へ岩を置いたように見える島も、かつての陸地の起伏の一部なのだ。そう知ると、島の輪郭だけでなく、島と島の間の水面にも、見えない地形の続きがあるように思えてくる。

宿を出て、五大堂へ歩いた。朱色の透橋を渡ると、床の隙間から海が見える。離れて眺めていた水面が、今度は足元にある。小さな橋を渡るだけで、島に入る感覚がはっきりする。

現在の五大堂は、1604年に伊達政宗が再建したもの。五大明王を安置することから、この名で呼ばれる。町の寺院の歴史と、目の前の小島の堂がつながっている。松島の景色には、人が眺め、祈り、建物を守ってきた時間も含まれていた。

お堂の木は落ち着いた色をしていて、軒下には彫刻が重なる。そのすぐ脇には青い海がある。建物を見上げ、少し横を向けば、また島々が目に入る。歴史を見に来た時間と、海を眺める時間が、ここでは自然に一緒になる。

岸からは船の行き交う様子も見えた。部屋から見たときとは、島の重なる位置が違う。名高い景色だから、というより、自分の目で見て素直によかった。

六文銭の夕食と、松島の朝

夕方になると、島の木々の下に見える岩肌に光が当たり、水面も昼とは違う色になった。松島は、ひとつの場所で一度眺めれば見終わる景色ではなかった。歩いて位置が変わっても、時間が進んでも、また目を向けたくなる。

夕食は六文銭へ。畳の席と木のテーブルがある店内で、刺身を食べた。小松館では朝食付きのプランにしていたので、この夜は町のお店で食事をとった。

食事を終えて外へ出ると、店先には灯りがともり、空にはまだ青さが残っていた。景色を眺めて歩いた一日の終わりに、店の中で腰を落ち着けて食事をする。松島で過ごした時間には、海を見ているときとは別に、こうした夜もあった。

翌朝、朝食をとり、また海を眺めた。前日から何度も見ているのに、窓の向こうに島があることがうれしい。どこか一か所で撮った眺めよりも、部屋でお茶を飲んだときや、橋を渡ったとき、朝になってまた見たときの景色が、それぞれに残っている。

松の枝越しに、赤い橋が見えていた。

今回の宿泊

宿泊数宿泊額
鶴の湯温泉1泊38,350円
グリーンホテル北上1泊5,580円
小松館 好風亭1泊63,150円

おすすめのお店

店おすすめお会計額
桜の里(角館)比内地鶏の親子丼と稲庭うどんの組み合わせ。秋田の二つの料理を一膳で楽しめる。3,280円
東家 本店(盛岡)盛岡のわんこそばを食べるなら。小さなお椀でそばを重ねていく、土地ならではの食事。8,400円
六文銭(松島)刺身をつまみながら夕食をとりたいときに。畳席のある居酒屋。—

今回のレンタカー

秋田空港店で借り、角館、田沢湖、鶴の湯、八幡平、盛岡を巡って、北上駅新幹線東口店で返却した。予約には楽天トラベルを利用した。

項目内容
レンタカー会社トヨタレンタカー
貸出秋田空港店
返却北上駅新幹線東口店
予約クラスC1・コンパクト
レンタカー代33,440円

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